現代ビジネス界において、何かと羨望の的にされる「ITベンチャー」。その成功物語では創業者にのみ光が当てられがちだが、もちろん会社の発展は創業者一人の力だけでできるものではない。成功の裏には、経営者や企業を支えてきた「影の立役者」がいるのだ。インターネットベンチャーの雄・サイバーエージェント副社長の早川氏に話を聞いた。
――もともと博報堂にお勤めされてから転職なさったとのことですが、その経緯からお話しいただけますか。
1992年に大学を卒業した後博報堂に入社し、最初は営業としてあるビール会社さんを担当しました。入社5年目にはある自動車会社の担当に変わり、どちらも良い経験をさせてもらったのですが、それから2年経ったときに広告代理業に収まるのではなく経営というものに関わりたい、経営を学びたい、と思うようになりました。それに英語も勉強したいという思いもありましたから、ニューヨークのシラキュース大学経営大学院に留学することにしたのです。2年間、休職させてもらって、MBAを取ってから博報堂に戻ろうと思っていました。
それから、留学して1年が経った頃の夏休みです。向こうは夏休みが長くて、ゴルフばかりしていても仕方が無いですから(笑)、短期間のインターンシップを探したのです。するとちょうど、日本から取り寄せていた日経新聞にサイバーエージェントが一度だけ出した求人広告が載っていました。「最強のインターネットマーケティング会社を目指す」、と。興味を持ってホームページを見まして、藤田(社長)のメッセージにも惹かれたこととインターネットとはいえ広告ですからベースがある上、しかもアメリカではITブームの時期だったこともあり、これは間違いなく伸びるだろうと思って申し込みました。「2ヶ月インターンシップをさせて下さい」、と。その時は完全に学生のマインドでした(笑)。
働き始めて一週間程経った頃藤田と一緒に飲みに行ったら、彼が、「実はサイバーエージェントUSAというのを作ろうと思っているんだ」と言うのです。「そこの社長になりませんか」と。まだ20人くらいの会社でしたから、アメリカ支社はあくまで構想の話だったのですが、ともかく入社の誘いを受けたわけです。当時のサイバーエージェントには広告業界の経験者がいませんでしたから、私も多少貢献できるだろうと思いましたし、今思えば当たり前ですけど会社の皆が非常に前向きに仕事をしている――大企業では違いますよね――点に惹かれました。おもしろそうだし、今後伸びそうな会社だし。そう思って、入社することに決めました。
――早川さんご自身として、こういうことをやりたい、という思いはありましたか。
まずは経営に携わりたいということでした。大企業にいたらそのポジションに行くまでに時間が掛かり過ぎますが、ここならもっと早くやれる。それに、藤田の言うこともよく理解できて、(一緒に仕事をしていく相手として)やりやすいなと感じたのです。広告というベースがあって、経営ができそうで、インターネット関連で、社長とウマが合う。
――入社してから、まずどのようなことを手掛けられましたか。
最初は会社を「組織」にすることからでした。ベンチャー企業にありがちなことですが、業務フローがしっかり定まっていなくて、個人商店のようになっていたのです。1人の営業担当が受注してバナー広告を作り、配信の設定をする、という。それではいつかトラブルが起きますよね。だから、このセクションの役割はこれ、この部門はこれ、という体制整備をしたのです。そこからでしたね。
――そのような体制整備には従業員のマインドの変革も必要だと思いますが、その点では如何でしょう。
それはもう、しつこくやるしかないですね。ベンチャーということを免罪符にしてはいけないのです。ベンチャーだから多少グレーな部分があっても良いとか、ベンチャーだから多少債権回収が甘くても良いとか、そんなことはまったくなくて、これは良いがあれは悪い、と基準を明確にして、しつこく言って徹底させていく。勿論、余り縛り過ぎると大企業病になってしまいますから、社員をモチベートする部分と、組織としてしっかりする部分とを、うまくバランスを取っていくのです。評価制度についても、「なんとなく」で決まるのではなく、正当な評価体制、しかも硬直的でなくて、しかもシンプルな分かり易い制度をつくる。そういうことを手掛けました。
――大企業出身だからこそ持てる視点を活かされたのですね。ところで、サイバーエージェントがその当時の数十人規模の会社から現在の形に飛躍を遂げた、その過程における重要な意思決定とはどのようなものだったのでしょうか。
重要な転機と言えば、ひとつは当初のクリック保証から、扱う商品を自社媒体以外にも広げたことですね。例えばヤフーですとか、自社媒体以外のものも売ることにしたのです。それが自社の成長につながるかどうかは、かなり議論しました。藤田はどちらかと言えば自社媒体に集中する方針で、そうすると粗利益率を高く維持できるというメリットがあります。一方で、他社媒体も扱えばお客さんのニーズにより応え易くなる。粗利は低下しますが売上の成長が見込めます。私はこちらの考えで、成長していくために必要な路線だと思ったのです。クリック保証は一世を風靡したビジネスモデルですが、それだけでは将来の広がりが無くなってしまうのではと思っていました。この、粗利の高い収益構造を取るのか、自社媒体に固執せずにまずは売上高を伸ばすのか、という議論は2、3年続けました。
――それは藤田社長と直接の議論を。
ええ。上場前後は日曜の夜8時にマネージャー会議を開いていました。社長も含めて、マネージャー以上の皆が同じテーブルについて議論するのです。当時は7、8人でしたね。
――そこで、自社媒体以外の商品も扱うことになった決め手は何だったのですか。
最後は会社のカルチャーですね。試してみよう、やってみよう、という。駄目だったら修正するし。トライアル・アンド・エラーです。藤田も、自分の考えが絶対だ、というような人ではないし、皆冷静に議論して、可能性のあることを試してみよう、と。結果的には、インターネットマーケティングの全般にわたる提案が可能になったことで、従来は中小がほとんどだった顧客層が大企業にも広がりました。粗利率は一時下がりましたが、売上は急成長をし、大手広告代理店にもコンペで勝ったりすることができるようになりました。
――それが大きな成長の契機になったわけですね。ところで、ビジネスには苦い経験も付き物かと思いますが、そのような経験はありましたか。
それはMLBアドバンスト・メディアとの契約ですね。メジャーリーグオフィシャルサイトMLB.comの日本語版「Major.jp」の運営権利で、私が手掛けた大型案件です。大手の企業も権利取得の競合でしたが、全力を挙げて当社が契約を取りました。そこまでは良かったのですが、非常にドライなビジネスに対する姿勢に苦戦させられました。詳しくはいえませんが、あれには参りましたね。新コンテンツを立ち上げ、サイトを充実させる前段階で非常に時間がかかりました。それで、これはまずいということになって、徐々に手を引いていくことになりましたが。
――そのとき、どのように対処されましたか。
現場の責任者の人たちでは、金額も大きいし相手も手強く、とても対処できない問題なので、前面に立つことは全て私が引き受ける形にしました。そこにいた人たちは別のプロジェクトに異動させて、徐々に縮小していったのです。
――大変な時期だったと思いますが、藤田社長との関係は如何でしたか。
実務レベルでの議論はありますが、大局的な部分ではリスク覚悟で私に任せてくれている案件ですし、私もその責任を全部引き受けてやっていますから、関係がおかしくなるようなことは勿論ありませんでした。二人で役割を決めて働いてきたわけですし。
――そのような状況に責任者として対処していくのはとても辛いことだと思いますが、どのような思いで乗り越えていかれましたか。
まあ、仕事だからやるしかないな、ということですね。精神論になってしまいますけど、ずっと悪いことばかりじゃないだろう、と。それに、経営のポジションにいる人間が、トラブルなどが起こる度に一喜一憂していたらいけないと思います。
――なるほど。……では、そのような働きを踏まえてお聞きしたいのですが、早川さんがこの会社において発揮している存在価値とは、どのようなものだとお考えですか。
難しい質問ですね、存在価値。……上村さん(広報)、どう思う?
〔上村さん〕裏から社員をモチベートする存在、見えない所から社内に良いカルチャーを浸透させていく存在、でしょうか。
良いこと言ってくれるね(笑)。言われてみれば、そうだと思います。当社の経営陣や社員の中にある思いを文字としてアウトプットしたり、カルチャーを浸透させていくという取り組みをしていますね。やはり、ベンチャー企業において創業者はカリスマですが、その思いは創業メンバーで暗黙の内に共有するだけじゃなくて、しっかり伝えていけるように言葉にしていかなきゃならない。それで、例えばこの「MAXIMS」(サイバーエージェントの根源的な主義や行動規範を記した小冊子)を作って、社員に配ったりしているわけです。良い人が集まっている会社なので、その人たちのやる気を削がないように、高めていく取り組みをしないと。
――まさに「影の立役者」ですね。今後の早川さんの夢や目標は、どのようなものですか。
カルチャーづくり、組織づくりも大切ですが、自分で事業を立ち上げていくこともやっていきたいと思っています。MLBでは失敗しましたけど、また何か新しいことにトライしますよ。まだまだ気力・体力、共に充実していますから!
――最後に、本誌の読者である若手ビジネスパーソンに対してメッセージをお願いします。
志の高い方こそ、ベンチャー企業にトライしてみてほしい。今はまだ、良い人が大企業に集まり過ぎていると思います。大企業で、人間関係にとらわれたりして小さくなっちゃうんじゃなくて、ベンチャーに飛び込んで新しい価値を創る、そんなトライアルをしてみてほしいですね。20代だったらやり直しは幾らでも利きますし。トライアル・アンド・エラーですよ。
――ありがとうございました。
早川与規〔はやかわ・とものり〕氏
昭和44年生まれ。平成4年、株式会社博報堂入社。米国留学を経て平成11年9月、株式会社サイバーエージェント常務取締役就任。同年11月、株式会社ネットプライス取締役就任。平成12年、株式会社サイバーエージェント取締役副社長就任(現任)。webインテグレーションカンパニープレジデント、経営本部担当などを歴任、平成14年にはMLBプロジェクト統括を努める。平成15年、ヒューマンリソース担当就任(現任)。
※このインタビューは2004年7月に実施。肩書き等は当時のものです。


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