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インタビュー

フランスで学び、日本を愛す:北上リグ氏〔フランス大使館〕

「若い人たちには、前の世代の、反動的で偏った日本観や世界観を鵜呑みにせず、自分の日本観や世界観を持って欲しい。そして日本のことを良く知り、愛して欲しい。自分の国を知らず、祖国愛もない人は、真の国際派にはなれません」――国際派の論客・北上リグ氏に政治のあるべき姿を聞く。

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■日本とフランス、両国をわたる青春

――そもそもフランス大使館にお勤めになっている経緯や今後の夢などについてお聞かせ下さい。

フランスとの関係というのが、私の存在の根本にあります。親の教育方針で、小学校から大学までフランス式の教育を受けたので、私は日本の学校には行ったことがないんです。加えて、専門性のある知識や技術を身につけなかったので、いわゆるジェネラリストなんですが、唯一、誰にも負けないぞ、という自信があるのがフランス語です。この語学力はフランス大使館で働くための不可欠な条件です。

また、そもそも大学で何を学ぶか、大学を出てどんな仕事をするか、学生の頃は自分でもよくわかりませんでした。学業を終えてからも、今でいうフリーターのようなモラトリアムの時期を過ごしました。ただ、漠然とではありますが、公共部門で働きたい、という思いはありました。ところが、日本国籍なので当然、フランスの公務員にはなれません。そこで、日本の公務員になろうとも思ったのですが、フランス式の教育を受けてきたことから、日本の国家公務員試験には太刀打ちできませんでした。

フランスの教育で特徴的なのは、択一問題が主体の日本と違って、中学くらいから作文や論文によって答案を書くということを行うことです。自分で考え、自分で論理を作って、何かの命題について答えを出す、という訓練を受けるのです。高校に入ると哲学的な問題についての出題もあったりします。知識は自分の論文を書くために必要な手段であって、知識そのものが問われることは少ないんです。

そんな折、フランス大使館で働く友人から偶然、声が掛かり、日本人でありながらフランスの国家のために働くという、ある意味で奇妙な、またある意味では理想的な職場を見つけることができたのです。
ただ、将来的には政治家を目指しています。大学時代に国際関係論を研究していたのですが、これを中断して日本に帰国したのは、政治家になるためです。ちょうど政界再編が始まった93年頃だったのですが、これから自分たちの時代が来る、と思いましたね。この時、若い人の多くが、政治的な志を持ったのではないでしょうか。

――そもそも、政治家になりたいと思った理由や、関心のある政策分野は何でしょうか。

一番関心を持っている分野は国際政治、外交分野です。やはり日仏両国を跨ぐようにして青春時代を過ごしましたから、必然的に外交に興味が沸いたんですね。そして、フランスという外交大国にいたことが、さらに外交分野に対する興味を深めました。私はそもそも「小さい政府」論者ですから、政府がやることは最小限でいいと思っています。すると、政府がやることの中心には、必然的に通商政策や安全保障政策を含めた外交というものがくることになります。

私は物心がついた頃から、常に日本とフランスを比較していました。私は東京にあるフランス人学校に通っていたわけですが、実は高校を卒業するまであまり日本のことが好きではなかったんです。フランス人と学び、過ごしていくなかで、日本は自由が少ないと考えるようになりました。例えば、子供同士の関係をとっても、先輩・後輩といった馬鹿らしい秩序があったり、学校には厳しい校則があったり、何のために存在するのか分からないものがたくさんありました。フランスにはそのような序列はありませんし、髪型や髪の色、服装などで生徒が評価されることはありません。学校が評価するのは生徒の学力だけです。それ以外は個人の自由なんです。当然、社会に出てからも同じようなことが見受けられます。日本に反発を覚え、フランスに永住するつもりでした。

でも、実際にフランスで生活をするようになると、フランスの社会の問題点が見えてくるのと同時に、外から日本を見るようになり、良い点を発見しました。ちょうど日本が世界一、二を争う経済大国となった頃です。しかし、政治や社会の中身は当時もまだ変わっていませんでした。そして、私が関心のある外交分野では、日本に自主性がまったくない――対米追従政策をひたすら続けてきた――ことが明白でした。この状況を変え、日本を外交大国にすることが、私が政治家を目指す動機の一つです。

■行政権の強化で日本を「外交大国」に

――どうすれば外交大国になれるのでしょうか。

まさにそれは、本日お話ししようと思っていた元首政というテーマとも関連する質問です。フランスは議院内閣制を採用していますが、1958年にドゴールが新しい憲法を作り、行政権を強化するために元首政を導入したのです。議会に対して強い行政府を作り、外交的にも強いリーダーシップを発揮できるようにしたわけです。日本でもアメリカ型の大統領制を導入すべきだと私が主張しているのは、議会に対しても、国際政治においても、強い指導力を発揮することが必要だと考えているからです。

最近の小泉改革があまり進まないのは自民党の抵抗勢力=国会に阻まれているためだと言えるでしょう。それは何故かといえば、首相が国会から選ばれる、つまり、政党あるいは国会に対して首相が連帯責任を負う以上、そこで指導力が発揮できなくなってしまうからなのです。議院内閣制で強いリーダーシップを発揮しようと思えば、強力な政党政治が前提となります。しかし、これが最も強い形で出るのは、一党独裁制なのです。日本のように多党制を採っている場合、党首のリーダーシップなど望むべくもありません。

――議院内閣制を採用しているイギリスは首相のリーダーシップが強いと言われます。

確かにイギリスはよく引き合いに出されます。ただ、イギリスは世界史上例外的な国であって、他の国のモデルにはなりえないと考えています。イギリスは議会制発祥の国、と言われますが、裏を返せば、他の国では議会制は発祥していないということです。また、イギリスのように、議院内閣制を導入していながら、首相が強いリーダーシップを発揮している国は他にありません。さらに、世界を見渡せば、議院内閣制を導入している国自体がマイナーなのです。こう考えるとイギリスが如何に例外的な国であるかがわかるでしょう。日本においても、過去に首相が強力だったことはありません。自民党がずっと政権を握ってきましたが、田中角栄も中曽根康弘も比較的強力だったとはいえ、イギリスなどと比べれば決して強い首相ではなかったのです。

――日本でアメリカ型の大統領制を導入するとなれば、それを担うだけのリーダーがいるのか、という問題があります。

人材の心配はありません。最近、各地方で改革派と呼ばれる知事や市長が続々と生まれていることが良い例だと思います。彼らの中には国会議員出身の人も多いんです。彼らは志や理念をもって国会議員になったものの、結局何も出来ないということに気づいて地方の首長に転向しているんです。首長の持っている絶大な権限を手段として、自分のやりたいことを実現していく、という動きがあるのだと思います。

一般に、大統領制を導入すると「ポピュリズムに陥る」という批判があります。でもこれは国民を馬鹿にした議論です。国民は学習しています。例えば、青島元東京都知事や横山ノック元大阪府知事といった知事に相応しくない人材が選ばれた時期もありましたが、それ以降、変な人材は選ばれていないと思います。むしろちゃんとした理念や政策を持っていなければ当選できない状況に変わってきているのではないでしょうか。

加えて、「大統領制は独裁政治につながる」という批判があります。しかし、北川前三重県知事が「知事は期限付の独裁者であるべきだ」と言っていたように、知事は選ばれた以上、しっかりとしたリーダーシップをもって職務を全うするべきなのです。住民の利益に反することが起きることを防ぐために、議会というものがあるのです。日本は仮にも民主主義国家ですから、住民の利益に反することが出来ないような仕組みは備わっているのです。

■「官僚政治」の問題の本質

――しかし、官僚政治の打破が叫ばれる現在、立法府に対して行政府を強くするということには違和感も覚えますが。

おっしゃるように、官僚政治の打破が叫ばれている中で行政権を強くするということは一見、矛盾するように見えますが、これは選挙で選ばれて行政権のトップに立つ者と、官僚組織そのものとを混同し同一視することから来る誤解です。官僚の名誉のために言うと、彼らは優秀な人材です。なにかを志しているからこそ官僚になったのだし、優れた仕事をしていると思います。今日の日本の繁栄が官僚を含めた日本の労働力の優秀さをそのまま反映していることは否定できません。

批判されているのは官僚主導体制であって、官僚そのものではありません。官僚主導体制を打破するためにこそ、行政権を強化する必要があるのです。これは決して官僚の力を強化するということではありません。強くするのは、官僚の上に立って政治的リーダーシップを発揮する首相の権力なのです。官僚主導体制の責任は官僚の側ではなく、強いリーダーシップを発揮できなかった政治=自民党政治の側にあるのです。

そういう意味では政権交代が起これば、制度をいじらなくても大きな変化が起きる素地はあると思います。ただ、このとき重要なのは、政権をとって強いリーダーシップが発揮できる野党がいるかどうかということです。交代した政権に指導力がなければ結局は官僚主導になってしまうでしょう。

また、戦前の日本を指して強権政治を批判する声がありますが、私はむしろあの当時、政治的なリーダーシップがなかったがためにあらぬ方向に行ってしまったと思っています。「政治不在」であったがために、軍部――これが今は官僚ですが――が間違った方向に行くのを止められなかったのです。強いリーダーシップがあれば戦争は回避できたかもしれません。

戦後の日本人は「公権力」というものに対して、大変な恐れを抱いてきました。実際に戦後日本の言論界・教育界は、純粋な戦前・戦中の反省というよりは、反政治的・反権力的、場合によっては反日的な議論をしてしまっていて、まったく本質をついていないように見えます。公権力というのはそもそも強いか弱いかが重要ではなく、そのコントロールが重要なのです。例えば強い軍事力を持つということと、軍事主義とは直接的な相関関係にあるのではありません。軍事力は合理的な国防論の問題であり、軍事主義は政治的選択の問題です。シビリアンコントロールは「文民統制」と訳されますが、「政治による軍事の統制」にほかなりません。そしてシビリアンコントロールは何も軍人だけではなく、官僚に対しても必要なのだと思うんです。

――フランスは日本以上に官僚国家というイメージがありますが、日仏の異同についてはどうでしょうか。

おっしゃる通り、フランスは日本以上に官僚の力が強い国ですね。そもそも、高級官僚を輩出するのは東大法学部なんかより遥かに厳しい国立行政学院(ENA)と呼ばれる人材養成機関です。入るのも大変難しいが、その中でさらに厳しい訓練を受けた人間だけが高級官僚になれます。ちなみに、学校の教師なども専門の高等養成機関を経て輩出される超エリートです。日本にこういった機関はありませんね。

フランスの場合、官界のみならず、財界や政界においてもトップリーダーはENA卒の人間であることが多いですね。勿論、こういった仕組みが批判されることは少なくありません。ただ、国のリーダー層が共通の文化や共通の目標をもっていて、必要があれば直ちに連携できる、というのは大きい。大変有機的なシステムになっています。

■首相公選制導入で日本の「経営」を強化

――北上さんのお話を日本で具現するには首相公選制ということになるのでしょうか。また、その導入にあたっては何が重要だとお考えですか。

おっしゃる通りです。わが国が現在、採用している立憲君主制を前提に元首政の導入を考えると、首相公選制にするということになります。首相公選制の反対論者はよくイスラエルを失敗例として出すことが多いですね。しかし、これはある意味で事実誤認です。イスラエルにおいて首相公選制が機能しない理由は、議会が完全比例代表制だということです。だから、単独で政権がとれるような政党が出てこない。そうすると必ず連立を組まなくてはなりません。

つまり、現状の日本で首相公選制を導入するなら、同時に完全小選挙区制を導入しなければなりません。比例代表制が残っていると、一つには、安定政権が誕生しない、二つには、政権交代可能な野党が出てこない、という致命的な問題が残ります。比例代表制は自己保身に邁進する中小政党のエゴイズム以外の何物でもありませんから廃止すべきです。政党政治を建前とする場合、政権を目指さない、あるいは目指せないような政党の存在は論外です。

また、現行憲法にある「国務大臣の過半数を国会議員の中から選ばなければならない」(第68条)という規定も撤廃する必要があります。こんな規定が残っていては首相のリーダーシップが発揮できません。もし、憲法が改正できない、ということであれば、閣僚の力を弱め、一方で補佐官制度を強化し、いわゆる官邸主導体制を作る、という手当が必要です。つまり、アメリカのように。

いま首相公選制を議論する意義は非常に大きいと思います。なぜならば、今まさに憲法改正が議論の俎上に上がっているからです。通常、憲法改正の一義的な意義は、政治体制を変えるということです。つまり最も議論されるべきなのは国権の部分なんです。国権に手をつけなければ憲法を改正する意義は半減します。例えばフランスは革命以降の約200年間に10回も憲法を変えてきました。その度に政治体制が変わりました。平均すると20年に一遍という高い頻度で、最も良い政治体制を捜すという試行錯誤を繰り返してきたのです。つまり、憲法改正の本質は政治体制を変えることにあるのであって、日本の議論はあまりに憲法第9条にフォーカスが当たりすぎています。

――首相公選制を支持する議論についてご説明いただけますか。

理論の面から言うと、国家の制度というのは、その社会の基本的な単位の構造を反映していることが多いんですよ。我が国は高度資本主義社会であり、資本主義社会の基本単位は株式会社です。株式会社は三つの要素からなっています。一つは資本を提供する株主、もう一つは労働力を提供する従業員、最後にこの二つを使って利益を産み出す経営者です。この三つの要素がなければ資本主義は機能しません。これを国家に当てはめると、国家の資本とはもちろん税金ですので、株主にあたるのは納税者である国民になります。一方、従業員にあたるのは国家公務員です。まさに彼らは国家に対して労働を提供し、その対価として給料をもらっています。そして経営者にあたるのが、税金と公務員を使って利益=行政サービスを産み出すべき政治家です。

ただし、ここでいう政治家とは国会議員のことではありません。議員というのは一義的には株主の一代表者でしかありません。決して国家を経営する能力を備えた人ではありません。国会というのは、国家経営者に対して、株主たる国民の利益を主張する代表者の集まりなのです。現行憲法は「国会は、国権の最高機関である」(第41条)と定めていますが、これは「政治的美称」であるというのが通説です。
歴史的に見れば、国家の経営者だったのは君主です。

江戸時代の藩が現代の企業の原型だといわれていますが、藩を例にとると、経営者は藩主、従業員は藩士、そして株主は藩民となります。世襲制や身分制がなくなり、地方の自治体経営者は公選の知事になりました。ところが国政レベルにおいては、将軍に代わる国家経営者である首相を直接選ぶことができません。総理大臣も他の国務大臣もほとんどが国会議員同士の互選なので、我が国は株主の代表者に経営されているということになります。ある意味で株主の代表者に経営を乗っ取られていると言えます。

実際、国会議員の中には総会屋みたいに政府に圧力をかけて利益を誘導しようとする議員がいます。また、財政赤字がこれほどまでに累積され、ついには国家予算の約半分を国債という借金で賄うまでに至ってしまったのは、経営者の不在というか、株主による経営の結果であると言えます。国家を破綻させるようなことを平気で行えるのは、国家という国民共通の財産をむさぼる議員政治家とそれに悪乗りする一部の官僚のなせるわざです。

歴史的に、藩主がしっかりしていない藩は大概、駄目になります。企業でも適確な判断が出来る経営者がいなければ、業績が悪くなり、破綻してしまいます。日本は資本も豊富にあり、人材も優秀です。足りないのは優れた経営者なのです。これは政治でも企業でも同じです。経営を強くしていこう、というのが、首相公選制を主張する背景にある私の思いです。

■憲法改正・安全保障を軸に政界再編

――さて、今夏には参議院選挙を控えています。

そもそも私は二院制に疑問を抱いているんですよ。衆議院と同じことをやっているのであれば、何のために存在しているのか、不明確です。そもそも日本が二院制なのは、イギリスをモデルにした戦前の貴族院があったからです。それ以外には明快な理由がありません。戦後は貴族がいなくなったのですから、二院制を維持する必要はありません。

――北上さん自身の政治家への道は。

いままでお話してきたように、首相公選制が導入されない以上、国会議員になるしかありませんが、できることは限られてきますね。自分で政党を立ち上げて勢力を拡大して首相になる、ということが理想ですが、ちょっと大変ですね(笑)。ただ、この場合、いきなり国政を目指すのではなく、志を同じくする人々と連携して、地方の議員なり首長なりになって、地方から政治を変えるということが、遠回りのようで実は一番の近道なのかもしれません。しっかりとした支持者基盤を作り、「下からの」変革を起こすのです。

いずれにせよ、私は既存の政党は、大きいところも含めて、なくなると考えています。いまはまだ政界再編の途上にあり、今後、自民も民主も分裂して、新たに二大勢力に収斂していくでしょう。

――来るべき政界再編の軸は何でしょうか。 

個人的に政界再編は段階的に進むと考えていて、いまからは憲法問題を軸に再編が進むと思います。憲法問題が落着すれば、続く政界再編の軸は、外交・安全保障政策でしょう。今回の景気回復局面の特徴は財政出動がなく、民間主導で進んでいることですが、このことを考えれば、将来の選挙においてはいまほど景気・経済状況が争点にはならないだろうと思うのです。経済状況は落ち着いてきますが、結局外交や安全保障政策が未解決のままでしょう。対米追従か国連中心か、日米同盟の維持・強化あるいはアジア集団保障体制か、さらにはミサイル防衛や核武装の是非という議論になると思います。

余談ですが、今の国際社会において日本が占める位置と、国内政治において公明党が占める地位というのが非常に似通っているように思えます。国際社会では冷戦後、米国の「一党独裁」になるかと思われていましたが、9・11の後アメリカが採ろうとした政策に対して、有力な同盟国であったフランスやドイツ、あるいはロシアや中国が冷ややかな対応をすることになりました。これを野党=民主党になぞらえると、アメリカに擦り寄る日本は、自民党に擦り寄る公明党ということになります。二者の共通点は、ある理念から行動をとるのではなく、与党でありたい、という動機から行動するということです。

いまの公明党の至上命題が与党に身を置くということであるように、いまの日本には与党=アメリカに擦り寄っていくことが至上命題となっているのです。勿論、アメリカの軍事力をもってすれば日本の積極的な協力がなくてもやっていけますが、それでも日本がアメリカについていることで、「野党」国群に対してアメリカも日本も立場が強くなります。

そして公明党と同じように、理念や政策を持っていないということが、日本の非常に大きな問題です。イラク問題でも、米国に追従するか否かが議論の軸となり、イラクや中東が抱える問題の本質やそれに対する我が国のあるべき政策が論じられることはありませんでした。

そういう意味では、我が国の理念を明確にするためにも、首相公選制が必要だと言えるのです。理念や政策を訴えなければ首相になれないわけですからね。既存の政党はどこも理念なき集票マシーンに過ぎません。自民党にしても民主党にしても、寄り合い所帯なのだから当然といえば当然です。それに引き換え、地方では元首政つまりアメリカ型の大統領制が行われているので、改革派と呼ばれている知事や市長が、明確な理念と政策を主張して日本を変えています。

――では、最後にMPIや若者に対するメッセージをお願いします。

若い人たちには、前の世代の、反動的で偏った日本観や世界観を鵜呑みにせず、自分の日本観や世界観を持って欲しい。そして日本のことを良く知り、愛して欲しい。自分の国を知らず、祖国愛もない人は、真の国際派にはなれません。

――ありがとうございました。

北上リグ〔きたかみ・りぐ〕氏
1968年生まれ。少年時代を数年、フランスで過ごす。帰国後も東京のフランス人学校に通い、フランスの大学に進学するために再び渡仏。フランス国立東洋言語文化研究所で国際関係論を専攻。政治を志し、大学院での研究を中断、1995年に帰国。旧自由党の勉強会などに参加。外交・安全保障論から年金制度改革まで幅広い範囲を守備。政治信念は「自主自立」。梅棹忠生の「文明の生態史観」に基づく独自の世界観・日本観を提唱。現在、フランス大使館に勤務。

※この記事は2004年5月発行『New Beginning』第3号に掲載(肩書き等は当時)。

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