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Interview

世の中すべて、需要と供給:中野稔彦氏〔大和証券SMBC〕

需要と供給。一攫千金のチャンスを生み出す一方、マーケットメカニズムは、時に冷徹とも言える動きを示す。そんな「市場」に長年向き合ってきた中野さん。「自分の価値観」を大切にしながらも、偏狭な「売り手市場」の発想には与しない。ビジネス人生を株式市場に擬えて語る彼に、ビジネスパーソンの「自立」とはどういうことなのか、それはいかにして可能になるのかを訊いた。

■「何でも対応します」RMという仕事

――現在どのようなお仕事をされていますか。

事業法人部というところで、上場事業会社に対する投資銀行業務、いわゆるRM(リレーション・マネジメント)を行なっています。投資銀行のRMって説明が難しいよね(笑)。非常に概念が広いのです。まあ、何でもやっていますよ、本当に。要は「営業」です。

――具体的な仕事としてはどのようなものが。

全般です。まず、具体的なエグゼキューションがあります。例えば起債をするとかですね。ドキュメンテーションも僕らがやりますし、ドキュメンテーションに至る過程やドキュメンテーションに入ってから、当然、欲求不満って出てきますから、その調整もありますね。それから、出口に至る過程での株価をどう考えるかとか、どういう風にアレンジしていくかとか。まず、ファイナンスという切り口では、こういった仕事があります。

それから、M&Aという、ファイナンスのお金を何に使うかという話――企業を大きくしたいだとか、事業に使うために買収や提携をしたい、といった話がありますよね。そのお話を、一義的に僕らが提案するだとかね。もっと身近なところでは、自分のところの株価をどうするのかとか、資本政策をどうするのかとか。
そういう諸々一般、資本市場に関する問い合わせは僕らのところでワンストップで全部できるような、そういう部隊としての位置づけなんです。

――お客さんからのファーストコンタクトになる。

はい。各プロダクトからレポートラインが上がってきたら、それらの調整を行なって、お客さんにぶつけていく。そういう仕事が僕らの仕事になりますね。

――この仕事を敢えて一般的に喩えるのであれば、何に喩えられますかね。

そうですねぇ。例えば、コンサル業務っていうと結構、狭い範囲でしょ? 特定の業を超えた場合には分からないこともあるじゃないですか。でも、お客さんのニーズからすると、相談するなら一回で全部教えてほしいわけですよ。例えば、お客さんがどこかの会社を買収しようとして、相談に来るとしますね。相手の会社の25%の株を買う。そのために例えば1,000億要るとしましょう。この、買うという話はM&Aの仕事。でも、1,000億の資金繰りは、また別の仕事になる。

つまり、これも、これもとニーズが出てくるのです。Aという仕事がBという仕事にも関係していたり、Cという仕事とも繋がっていたり。そこで、これは出来ません、あれは出来ませんとは言えないでしょ。そうすると、やっぱり、一括で相談できる人がいたら良いよね。それが僕らの部隊なのです。

――ジェネラリスト的なお仕事ですね。

そうですね。言ってみると、セールス・エンジニアってところかな。何でも対応します。機械が動かない理由はどこにあるのか。材料部分に問題があるのか、加工部分に問題があるのか。そういうのも含めて、全部アドバイスしましょう。もし機械を本格的に買い換えるときには、機械を取り替える部隊を連れてくることも出来ますよ、と。ビジネスソリューションに、ある程度の方向性を作るわけです。

■とりあえず就職口があって良かった

――こうした現在の仕事を選ばれた理由というのは何だったのでしょうか。

偶然ですよ。僕らのときは、君らのときほど深くは考えていなかったね、正直なところ。当時、大和証券の人事課長に大学の先輩がいて、「まだ入っていないから、入れ」と(笑)。こう、強引に言われましてね。入っちゃいました。

――当時はそういうルートもあったのですか(笑)。

うん。だって、僕らの頃って証券は人気無かったから。――東京オリンピックや朝鮮特需があって景気が良かった頃、「銀行よ、さよなら。証券、こんにちは」と言って第一次投信ブームが起こりますが、39年には株価が天井をついて、山一證券の第一回目の倒産騒動があったりして、その後長い不況が続く。その後、狂乱物価の時代にまた株式ブームが起こり、やがてまた、株は大きく下がった。――このように、非常にボラタイルな業界というイメージが証券にはあったわけですね。それに、当時の日本の証券市場は今ほど何でもできる時代と違って、極めて規制が強かったんですよ。規制業種。今の商品先物ぐらいのイメージだったんじゃないかな。

――つまり、危険なものといったイメージですか。

そう。危険なもの、危ないもの、胡散臭いもの(笑)。証券業の大きな社会的使命と、実際のイメージとのギャップが無茶苦茶大きかったってことでしょうね。今は時代が変わって、そのギャップが大分無くなってきていますけど。僕らの頃は、そうではなかったですね。

――そのようなイメージのあった業界で働くことについて、不安はありませんでしたか。

不安はありましたけどね。僕らの頃は不況だったから、非常に就職難だったんです。とりあえず就職口があって良かった、というくらいの感じでしたね。

■常に新たな情報をインプット

――オフの時間はどのようにお過ごしですか。

あまりオンとかオフとか考えていないのです。もう長年やっていますからね。入社してから最初、債券部で場立ちをやっていました。場立ちとは、今はもう無くなりましたけど、証券取引所で、手でサインを出して注文したりするやつですね。それをやって、57年から支店に行って法人営業、その後、60年に事業法人部に移りました。それ以来ずっと、今の事業法人っていう仕事をやっているのです。だから、仕事が好きとか嫌いとか、ここからが仕事でここからがオフだとかいう線引きはありませんね。

――常に仕事のことを考えているということですか。

それはちょっと違って、もうこの仕事が好きなんですよね。つまり、この仕事は好きなものであって、金を稼ぐものだとは思っていないわけですよ。

家にいるかいないかをオンかオフかとした場合でも、家にいるときも、雑誌を読むか、本を読むか、映画を観るか、とにかく常に何か新しい情報をインプットしていますね。自分に引き出しを増やしたいと思っています。

自分自身を、まだ完成形だとは思っていませんから。昨日よりも今日の方が進歩していたいし、今日よりも明日の方が進歩していたい。

それと、すごく恐怖心があるのです。何もしないでいると自分がどんどん劣化していくのではないかと思ってしまう。だから、何でも構わないから、本でも音楽でも、自分の中に取り入れるんですよ。入れる情報は多岐に渡りますね。歴史であったり、宇宙の話であったり、恐竜の話だったり。音楽で言えば、クラッシック音楽であったり、ポピュラー音楽であったりジャズであったりね。それから勿論、金融や経済のこと。何にでも対応できるように、自由に構えていますね。まあ、これが趣味と言えば趣味ですね。

――金融や経済など仕事に直結することばかりを情報として取り入れているのではないのですね。

そうですね。中島誠之助さんが良いことを言っていまして、彼は焼き物が専門ですけど、洋画でも字でも、良いと言われるものは何でも見るそうです。「捨て目」というのですが、要するに、いろんな良いものを見て、自分の目を肥やしていく。そしてそれを自分の本業へも活かしていくらしいのですね。

この話を知ったとき、自分が考えていたことは間違っていなかったなと思いましたね。だから、これは面白そうだなっていうのは、とにかく全部情報として自分の中に取り入れます。まあ、これが僕の趣味ですね。

■「買い手市場」の感覚を身に付けろ

――生活やお仕事の中で、常に心掛けていることや、行動規範のようなものがあればお聞かせ下さい。

僕はマーケットに身を置いているので、だんだんマーケットに近い考え方になってきたのだと感じますが、物事って全部需要と供給だという気がするんですよ。

ところが、若い方に多いと思うのだけど、売り手市場の発想ですよね。つまり、いつも売り手サイドの理屈で考えるのです。俺はこうだから、と。でも実際は、反対側のサイドってあるじゃないですか。

――つまり、買い手側ということですね。

そう、買い手側のことですね。当然、売り手と買い手があって、物の価値って決まるわけでしょう。
だから、常に買い手サイドから見て、価値が落ちないように努力しよう、というのが僕のポリシーですね。

広い場所にポンっと自分を置かれて、大和証券SMBCという看板があろうが無かろうが、自分にどれくらいの価値があるのかと。そういった「市場価値」を高めていきたいなと。買い手市場というか、周りの市場の中で評価が上がるような生き方をしていきたいなと思っていますね。

――どうしてそのようにお考えになるのでしょうか。

これはある意味、宗教みたいなものですね。別に高めたからといって何があるってわけでもないし、お金が増えるわけでもありませんけど、自分の信条として、それを高めていきたい。僕はもともと、サラリーマンになろうとは思っていなかったんですよ。人見知りもしましたし、セールスなんて絶対向かないと思っていました。今でも団体生活に向かないと言われますしね。

作家になろうかな、なんて考えていたのです。文章が好きで、ある新聞のコラムに匿名で記事を寄稿したり、友達の経済のサイトにボランティアで書いたりしているのですが、文章を書いていると、だんだん自分の価値観というのが、客観的に見られるようになってくるのです。それが、そういう生き方や考え方に何か影響しているかも知れませんね。「大和SMBCの中野さん」ではなくて、普通の「中野」っていう一個人を、客観的に見ていくということです。

■人のつながりは自然に広がっていく

――これまでいろんな方に出会ってこられたと思いますが、印象深い出会いについてお聞かせ下さい。

おもしろい人にいろいろ出会ってきました。僕個人のパーソナリティーかも知れないですけど、そういう人になぜか呼ばれてしまいますね。

若い頃、高崎支店にいたとき、信用金庫の理事とかに好かれてしまって。群馬県の再開発計画を作ろうということになって、毎週末、集まって酒を飲みながら語り合ったりして。まだワープロも無い時代だったから、全部手書きで計画書を書いてね。今の知事ですけど、当時副知事の小寺さんという人の所に仲間と一緒に陳情しに行ったりしました。今思うと気恥ずかしい思いがしますけどね(笑)。

ちなみに今、群馬にメルヘン街道というのがあります。金精峠から草津まで抜ける景色きれいな道です。そのネーミングは、当時の僕らの提案の中に入っていたんですよ。

――それはすごいですね。

難しい話じゃなくてね。せっかく良い観光資源があるから、それを活かしてストーリーを作りましょう、そうすれば、そのストーリーに沿って人が集まるのではないか、と群馬の温泉主人の親父さんたちと仮説を立てたのです。

――なるほど。……ところで、そのような良い出会いを得られた理由は何だと思いますか。

人が人を呼んでくるんですよね。人脈というのは、求めてもなかなか得られない面もあるのです。しかし、これはと思っている人とお付き合いしていくと、自然と横に展開していく。そういうのが一番大きいと思いますよ。

――人脈という言葉が出ましたが、それに関して普段心掛けていらっしゃることは。

シンプルなことですけど、”No, but Yes”ではなくて、“Yes, but no”にする、ということですね。「これはどうだろうか?」という問いに対して、「いや、駄目ですよ。でもひょっとしたら……」と言うよりも、「良いですね。でも、こういうことは如何ですか?」と言うのと、どちらが好印象を持たれるか、ということです。何かを断る場合でも、一度話しを「はい」で受けてから、でも「こういう問題があるのではないですか。これだったらどうですか?」と返すということは、ビジネスでもプライベートでも努めてやっていますね。

もう一つは、「早くやる」ということ。何でも、どんなつまらないことでも、リクエストがあったらすぐに返すということです。自分に出来ない場合でも、出来ないとすぐに言いますね。基本的に、返事を延ばし延ばしにはしない。これも僕の大事なスタンスですね。

■ビジネスパーソンの「自立」とは

――ビジネスパーソンの「活き方」は時代の中で変わってきているとお考えですか。「自立」の必要性などが叫ばれていますが。

ちょうど、昭和20年に終戦を迎えてから、日本経済は大きなエレベーターに乗っかって上がって、足踏みしていても上がっていく、という状況が長く続いたと思うのです。何もしなくても上がっていく中では、どうやれば出世がし易いか、どの仕事なら収入が良いか、と考えていれば良かった。それが今は、エレベーターを降りて、自分の足で昇って行かなくちゃいけない。そういった意味では、時代の中で活き方は変わってきているということになるのかも知れない。

自立ということに関して僕自身が思うことは、あと数年を経ずして男女の性差別や年齢の差別というのは一切無くなるだろうということです。70歳でも80歳でもしっかりしたセンスと能力を持った人は働き続けるだろうし、若くてもそうでないやつは使われない、ということになる。当然、人件費は能力に対して支払うものなのだから、必ずしも若年者を雇う必要は無いし、男である必要も無いよね。

――そうなると競争が激しくなりますね。

いや、競争というよりも、チャンスが広がっていると言うべきじゃないかと僕は思いますよ。僕なんか、今の会社は60歳で一応定年としていますけど、別に一生働こうかなと思っていますからね。

――そもそも、ビジネスパーソンの「自立」とはどういうことなのでしょうか。

自分一人で出来る能力には限度があるし、時間も一日24時間しか無い。だから、やっぱり組織を上手く使えることが重要ですよね。よく自立、自立、と言われていますし、僕の知り合いでもサラリーマン辞めて独立したやつもいるけど、そういう人って自分の力を過信してしまいがちですね。でも、いわゆる「自立」というのは、組織をいかに上手に、機能的に使っていくか、という問題ではないでしょうか。

――では、どうすれば「自立」は可能でしょうか。

右肩上がりに景気が上向いていた頃は、組織の中の人間はあまり物事を考えなくても、なんとなく、うまくいっていたんだよね。だけど今は、考えるということが必要になっている。だから、自立の条件とは「考える力」だと思いますね。「自分の力で喋る」ということです。「日経新聞ではこう書いていました」では価値が無い。「日経新聞ではこう書いていましたけど、これはこういうことですよね。だから、こういうことが言えますよね」というふうに、自分で考える力が無いと、自立どころか、組織人としても駄目だと思うのです。

自分自身で考えるということは、「なぜ」という言葉を自分自身に問い掛けることです。「なぜ自分はこうやっているのだろう」「なぜこの会社はこうするのだろう」といったことを、自分で考えていく。そして自分なりの回答を出す。でも、それで終わっちゃ駄目で、それを上司や会社にぶつけることだね。これを繰り返す中で、自分を高めていけるのだと思いますよ。

もしかしたら、僕が若い頃からいろんな人に親しくしてもらえているのは、僕が他人と同じことを言うのが嫌で、仮に間違いだったとしても、自分で考えて、自分自身の言葉で喋っていたからかもしれませんね。こういうことは中野に聞いてみようか、あいつだったら何て言うかな、と思われていたのかもしれない。

■自分の「市場価値」を上げろ!

――最近の若手社員をご覧になって、どのような印象をお持ちですか。

僕らの部署ってあまり若手はいないんだよね(笑)。若手は入って来ないんですが、たまに学生さんが入社の面接なんか受けに来られているのを見ると、基本的にまだビジネスマンの顔になっていないよね。

たぶん、形から入れば良いのだと思います。つまり、その業種には業種に合った格好があると思うのです。クリエイターが僕らのような格好をしても仕方が無いと思うし、金融機関に来るのにクリエイターの格好をしてきても何のメリットも無いわけでしょう。そういうことがまだ分かっていなくて、先程言った「売り手市場」の考え方をしていて、買い手がどう思っているのかとか、自分が市場の中でどれくらいの価値があるのかというのを、まだ正確に捕捉していないんじゃないかな。過大にも過小にも評価できていない。難しいことではありますが、自分の価値観というものをまだ捕捉できていないのだろうな、という印象を受けますね。

――では、自分の価値観を捕捉するためにはどのようなことが必要でしょうか。

いろんな人にアクセスすることが必要です。例えば、新入社員で入って来たら、一番近くの先輩に話しかけて、自分の思っていることを伝えてみて、返って来る反応を見る。そういうことを、数をこなす中で、だんだん自分の価値観が分かってくるのです。最近は、そういうことをやらない人が多いですね。

僕自身は生意気なガキだったから、30歳くらいから、部長を跳ばしていきなり副社長とか専務に直に話しに行ったりしていましたね、怒られましたけど。でも、幸い、そういうことを許す風土が会社にありました。それで、そうしていると、お前はここが抜けているとか、こういう考えが足りないというのを指摘されて、徐々に自分の思考の仕方とか方向性が見えてきた。

――自分の考えをぶつけて、確認して、というサイクルを繰り返していくということですね。

そうですね。ちょうど、株式市場と一緒だと思うんですよね。新入社員になるということは、IPOと同じ。その日からその人の評価が始まるわけです。なるべく多くの人から価値観をぶつけてもらった方が、評価は上がったりも下がったりもし易いじゃないですか。株で言えば出来高が多いってことですよね。ところが、なんとなく身内で固まっちゃっている人が多い。つまり、出来高が少ない。昔で言う「持ち合い」で、市場性が無い株だね(笑)。持ち合い株は安心かも知れないけど、株としての妙味が無い。面白味も無いし、成長性も無い。そういう感じがします。だから、積極的に上司や同僚に意見をぶつけていって欲しいですね。そうしないと成長しませんから。

――多くの人に意見をぶつけて、出来高を増やす。

そういう意味だと、飲みに行くというのも重要ですよ(笑)。僕は営業をやっていますが、9時-5時の営業と、5時-9時の営業というのがあるんです。9時から5時は、普通はオフィシャルな時間帯だから、そういう話をする時間が無い。そうすると、話を聞いて欲しかったら5時9時しか無いんだよね。

僕も最近、どうしても会いたい社長がいたのですが、普段全然会う時間が無いわけですよ。そこで、この店にはその人がよく来る、というのを聞いて、その店に毎日通いましたね。毎日通っていると、確かに来ました。最初は遠くから軽く挨拶させていただいて、そのうち一緒に乾杯したりするようになって、「お前とは飲み友達だ」と言われるようにまでなったのです。何か得ようと思ったら、5時9時の営業ですよ。
マーケットもそうですけど、基本的にはゼロサムなのですね。何かを得ようと思ったら何かを失います。普通にやっているだけでは、やっぱり何も得られませんね。黙っていても、何も与えられない。自分の時間や生活や主張をある程度は捨てないと、別のものは得られないのです。今の若い人たちは非常に恵まれた世代ですから、何でも与えられると思っているかもしれないけど、絶対そんなことは無いですね。

――最後に、読者である若手ビジネスパーソンや学生にメッセージをいただけますか。

自分の評価は自分が思っているほど高くはない、ということを考えてほしい。常に、そういうことを頭に置いて、買い手市場から、客観的に自分を見ることができる指標を作りなさい。特定の人でも良いのです、あの人に追いつこう、とかね。人間って、目標を喪失した瞬間に、とことん堕ちてしまうんですよ。逆に、常に進歩したいという気持ちを持つだけで、一日一日の過ごし方は随分違うのではないかと思いますね。

――ありがとうございました。


中野稔彦〔なかの・としひこ〕氏
大和証券SMBC株式会社 事業法人第四部長。1954年福岡県生まれ。1977年、北海道大学卒業後、大和證券株式会社に入社。債券部、高崎支店、事業法人、名古屋支店において主に法人営業において活躍。1999年大和証券SMBCに異動し、2000年より現職。

※この記事は2004年5月発行『New Beginning』第3号に掲載(肩書き等は当時)。

date: 2004.05.31

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