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Interview

心を自由に、自分を信じて:石井陽代氏〔料理教室GRAND CHAMP〕

「食」と「健康」を機軸に、フィールドを広げる石井さん。食べることの喜びや、つくることの喜びを多くの人に伝えたいから。大切な人に、健康でいてほしいから。彼女の働く理由は、明快で、美しい。「好きなことを追求していたら、このようになりました」。ビジネスの世界は、そんなにシンプルなもの? つい、首を傾げてしまう私たちに、彼女は言う。「自分にはできると信じていれば、できてしまうものよ」。

心を自由に、自分を信じて―好きなこと、気になること。「食」が仕事になりました。
石井陽代氏〔料理教室GRAND CHAMP主宰〕


■「自宅で料理教室」の楽しさ

――石井さんは現在、ご自宅で料理教室を開講されていますが、まずこれについて簡単にご説明下さい。

料理教室は4年半前に友人から料理を教えてほしいと言われたことから始めました。とてもお金を取れるなんて思っていませんでしたので、最初は材料費折半で。ところがそれが好評で、「毎月一回、教えてほしいから、やはり受講料を払いたい」と言われ、いただくようになりました。それが口コミで広がり、今はだいたい50人くらいの生徒さんがいます。

形態としては、こちらで私がレシピを3品、軽く説明して、それを皆さんで作っていただきます。私は魚を捌いたり鳥を捌いたりする際に見本を見せて、あとは基本的にノータッチで、生徒さん自身にやっていただくという形を採らせていただいています。コンセプトは「レストランでしか食べられないと思っていたものが、お家でこんなに簡単にできちゃうの?」といったところです(笑)。

――ご自宅での開講ですが、どのくらいの規模で。

だいたい4、5人でレッスンするのですが、個人でプライベートのレッスンを取る方もいらっしゃいます。そういった方は料理だけではなく、話すこと、要はコミュニケーションを取るのが楽しくていらっしゃるといった感じですね。料理を作るということを通しながら、いろいろな話をしています。それが私の楽しみのひとつです。

――どのような方が受講されているのですか。

一般に募集をかけようかなと思いつつ、かけていませんので、今は口コミです。ですから、お友達のお友達や、セミナーを受けに行ったときですとか、いろんな機会に直接知り合った方々が多いですね。

――レッスンの頻度は。

皆さん月一回受けに来られます。ただ、高校時代のお友達で来られている方もいらっしゃって、そういう方のために3ヶ月に一回、同窓会気分でやれるようなクラスも開いたりしています。

――和気藹々とした雰囲気で。

ええ。友人づてに知り合った方々が集まっていますし、自宅でやっていることですから、一般の料理教室と違って、料理を教えるだけで終わりではなくて、その後でお喋りを楽しんでいただいたり、食生活の悩みですとか、いろんなことを相談し合ったり、コミュニケーションの時間をとっていただいています。この間も、生徒さんが相談したいと言って来られて、2時間話し込んでしまいました(笑)。そういうお話やご相談はとても多いんです。皆さんとしっかりコミュニケーションを取って、良い関係の中でやっていくというのは、とても楽しいですね。

――料理教室の傍ら、ネットワークビジネスでのご収入もおありということですが、どのようなものですか。

ええ。ネットワークビジネスはネズミ講と誤解されたりもしますが(笑)。FLP(FLPジャパン・リミテッド――Forever Living Products International, Incの日本法人)という会社の健康食品やサプリメントのご紹介をさせていただいています。その対価としての収入もあります。

ネットワークビジネスにはまだ良いイメージが余りありませんし、私も最初はどういうものだろうと思っていました。怪しいものを勧めたりしたら料理教室もできなくなりますしね。でも、そのFLPという会社の製品はとてもしっかりしていて、会社の理念にも仕組みにも「6つのリッチ」(時間の自由、友人、経済、自己実現、美しさ、健康)というものがあり、一年ほど前から始めました。料理教室などでご相談を受けた際に、その方の食生活を考えて、提案させていただいています。

人材派遣だって10年前はかなり怪しいと思われていましたよね。信頼できる友人の間で、本当に体に良いものを勧めるというネットワークビジネスも、10年先を考えれば、行なう価値がある素晴らしいものだと思って行なっています。

■自分の人生、他人のせいにはしたくない

――以前は日本銀行にお勤めされていましたね。なぜ日銀に入られたのですか。

私の姉の同級生が日本銀行にお勤めで、とても優秀で、素敵な方だったんですね。その方を見ていて、「優秀な方と触れ合って、自分も優秀な人間になりたい」と思ったんです。それに、安定している会社であることも理由でしたね。

でも、その頃からお料理に興味はありました。ただ、社会勉強という意味でも、普通の社会の仕組みの中で、企業の人間として働くことが絶対に必要だと思いましたので、選びました。

――日本銀行ではどのようなお仕事を。

発券局という所にいました。お金の運搬や管理をする所で、要は銀行の窓口ですね。銀行さんが60億円下ろしたいと言ったら用意する。普通の銀行のお姉さんの、金額が大きなバージョンです。知識としては役に立たないですよ(笑)。でも、経験としては役に立ちましたね。やはり社会の一員として働くことの厳しさを知り、自分の女性としての立場も考えさせられ、いろいろ悔しい思いもしました。

――そのお仕事をどうお考えでしたか。

日銀での仕事は、途中からは、安定収入を得るためのものと考えていました。独立や転職はあまり考えていませんでした。今の自分のままで転職しても、人とのコミュニケーションという点で上手くはやっていけないだろうと思っていましたから。ただ、次に何か別の仕事をするとしたら料理関係しか考えていませんでした。

――随分前からお考えだったんですね。

学生時代から料理のことは考えていました。それに、子育てのことを考えると、やはり子どもに目の届くところでできる仕事をしたいと思ったんです。そして、生涯現役でいられる仕事。年齢を経るにつれて自分が確実にランクアップしていく仕事。その方が楽しくありません? 30代よりも50代の方がより素敵になれる、そんな仕事がしたいと思いました。料理の世界なら貫禄が出るし。それから、何より、自分のつくった料理を、皆さんが幸せな家庭でつくっていただけるのが嬉しかったのです。

――そうしたことをお考えになりながら約10年、日銀に勤められたんですね。その10年間で、お考えがどのように発展していったのでしょうか。

最初の5年くらいは、やはりお金を貯めようと考えていました。料理の仕事をするにしても、勉強するにしてもお金が必要ですから。

ところが、入行して6年目くらいに、バブルがはじけた余波を受けて父の会社が倒産しまして、家から車から、すべてを取られてしまったんですね。一家で引越ししました。要は夜逃げですよ。その前日にはベンツを運転していた私が、トラック運転して、マニュアルってどう運転するのよ、なんて言ってね(笑)。
そんなことがありましたから、当然、家族はうまくいきませんでした。私自身も、どうしてお父さんの弁護士代を私が払わなきゃいけないのよ、とか、なぜ私がこんな思いをしなきゃならないの、と思っていたんです。仕方の無いことですけど。電車に乗っても、隣のこの人たちはなぜこんなに楽しそうに笑っているんだ、なんて涙が出てきたりして。

――大変なご経験をされたんですね。

今思えばたいしたことないですが、そのときは辛かったですね。しかも、それからしばらくして、また運の良いことに弟が交通事故に遭いまして、どうにか命は助かったんですが、4年間入院生活だったんですね。入院中に別の病気に院内感染もして。私は毎週末、衣服を洗うために病院に行きました。2キロ先のコインランドリーまで、一週間分の衣服と包帯とか、いろいろ持って洗濯しに行っていたわけです。

その時ですね。絶対、夢はかなえようと思いました。このままだと私は親とか弟を言い訳にしてしまうかも知れない。このままだと私は人のせいにする。こういうことがあったから私の夢は叶えられなかった、なんて言ってしまう、と思ったんです。でも、後でそんなこと言ったって何も始まらないですよね。だから、絶対に夢はかなえよう、と思ったんです。

――挑戦心が湧いてきた。

自分の人生を他人に振り回されたくない、他人のせいにしたくない、と思いました。自分で変えようとすれば、自分の人生を変えるチャンスは幾らでもあるではないですか。愚痴をグタグダ言う方もいらっしゃいますが、愚痴ってもその人が幸せになるはずがない。私はそうはならない、と。つまりは、幸せになりたいという気持ちですね。隣で笑っている人みたいに、明日の心配なんてしないで生きたい、と思ったんです。

■仕事と受講と料理教室、同時並行の2年間

――その決意をされてから、本格的に料理の道を進まれることになったんですね。

ええ。2年間、日銀に勤めながら、夜間でル・コルドン・ブルー(国際的に著名なフランスの料理学校)に通いました。同じ頃に、家も出ることにしました。田舎に住んでいましたので、教室をするのならそうする必要がありました。そして料理教室を、友人に教えることからスタートしました。2年経った頃、ものになってきたと思いましたので、日銀を辞めたんです。

――コルドン・ブルーを選んだ理由は。

それは、とってもくだらない理由です(笑)。小さい頃に『麗しのサブリナ』というオードリーヘップバーンの映画を観て、その中でサブリナが通うのがパリのコルドン・ブルーなんです。それがなんだか幸せの象徴のように見えていたんですね。その記憶があって、形からでも良いから入ってやれ、と思ったんです。それに、コルドン・ブルーのグランディプロマを取れば、ブランドになりますよね。信頼が得られますから、4年半通って取りました。

――勉強も日銀でのお仕事もしながら、同時並行で料理教室も始められていたんですね。

ええ。コルドン・ブルーに通い始めて、半年くらい経ったときに、始めたらどう、とお友達に言われて。私って結構お尻を叩かれないとやらないタイプなんですね。だから、料理教室を始めるのはそういう自分にとって良い課題だと思いました。お金を取ってしまうから、いい加減なことはできませんよね。

それに、止めたい人はいつでも止められるわけですから。お料理教室をやりたいという人、まわりに結構いらっしゃいますが、チャンスがあるならチャレンジしていかれたら良いと思います。自信が無くても、自分が判断する前に相手(生徒、顧客)が判断して下さるので、出ていけば良いと思います。こちらの実力が足りなかったら、相手が止めてくれます。それで傷ついたとしても、それもまた勉強ですよね。どこがいけなかったのか、考えて次に進めば良いわけですよ。

――そして、2年が過ぎ、転職なさった。

料理の方が好きでしたからね。それに、会社での責任が重くなってきたんですね。30近くなると、それなりのことをやらされるではないですか。これ以上時間を取られたくないなと思いましたので。

でも、料理教室だけでの自立というのは経済的に難しかったんですね。それで住み込みのレストランのバイトなどの仕事を探していて、実際に決まったんです。ところがその頃に、今の夫と付き合っていて、「今度、住み込みで働こうと思っている。料理教室もたたんで、もう少し料理の修業をしてみようかと思う」と話をすると、「それは困る」と(笑)。そういうわけで結婚して、今に至っているんです。

■「細胞矯正医学」との出会いから

――さて、現在は健康食品やサプリメントの紹介というお仕事もされているとのことですが、なぜそうしたことに関心を持たれたのでしょうか。

まず、私の医療に対する見方についてお話しすることにしましょう。私の夫は、医者をしているんですね。そのため私自身も医療のことを詳しく知るようになり、同時に医療の限界というものを考えさせられたんです。最近、医療のミスがよく報道されますよね。お医者さんというのは実際優秀な方々なのですが、それでもミスは起こるんですよ。人間ですから。しかも今、お医者さんの数自体が少ないんですね。
日本の医療がそういう状況にある中で、患者さんにしてみれば、お医者さんを頼っても、それでミスが起こって、文句言ってお金をもらったって、嬉しくもないですよね。だったら、できる限り自分で予防していかないといけないな、と思ったんです。

――予防医療ということですね。

そうです。そして予防医療について考えていく中で、「細胞矯正医学」というものを知ったんです。どうして今、現代病がこんなに多いのか。昔は存在しなかったような病気に多くの人が罹るようになっている。体質の問題なんですね。身体のすべては細胞からできていますよね、そして細胞は酸素と水と食べ物でつくられるわけです。つまり、食べ物が体に、細胞のレベルから、どのような影響を与えるのかを研究する学問が細胞矯正医学です。

――「食」による医療ですね。

ええ。そして実際に自分は「食」に関する仕事をしていて、夫は医者をしていますので、それを両方活かせて取り組めることは無いかな、と考えました。そこで、糖尿病患者のためのフレンチとか、お年寄りのためのイタリアン、といった企画を、帝国ホテルの料理長をしていた方などと一緒に何回かやったんです。

でも、そういう食事をつくるには、やはり手間暇が余りにも掛かってしまうんですね。それを教えるとしても、皆さんそこまでやるだろうか、と思ったとき、サプリメントの存在に目を向けました。それまでサプリメントには一切興味が無かったんですが、理論も学んで詳しく知ると、必要な栄養を補っていく上で活用するべきものだなと考えるようになったんです。

食べるということについて考えてみますと、栄養面も勿論大事なんですが、やはり食事がコミュニケーションの場であるということも大切だと思います。嫌いなものを出されて、せっかくの食事がちょっと辛いものになってしまったら嫌ですよね。

それに、文部科学省の出している栄養成分表を見ますと、現在の食べ物は20年前に比べて栄養価が10分の1くらいに落ちています。そういうことも現代病の蔓延につながっているのだと思います。いろんなことを調べていくと、花粉症もリューマチも、やはり根本的な原因は食べ物なんですね。

ですから、食事のコミュニケーションとしての側面を大切にしながら、それで不足する栄養分をサプリメント等で補うことは重要だと考えているんです。

――そこでFLPのネットワークビジネスを始められたわけですね。

そうです。サプリメントと言いますが、FLPのサプリメントは極力自然のものに近くて、とても良くできているんですね。栄養素のバランスが良いんです。1977年にアメリカ上院議員が発表した「マクガバンレポート」によると、人間の細胞が正常に活性化するには46種の微量栄養素が必要だということです。これらがバランスよく摂取される必要があるわけですね。サプリメントを売る会社は数多くありますが、単品ではやはり一栄養素の過剰摂取になってしまう。そういうものはお勧めしません。全部をバランスよく摂れるものを提供している所を探して、FLPを選びました。

勿論、興味を持たれるかどうかは皆さんのご自由ですが、言わないことには何も変わらないでしょう。現在の食生活では改善できないことがわかっていますので、提案するわけです。

それに、誰にでもそれくらいの知識はあった方が良いと思うんです。やはり知識が無いから医者の言うなりになってしまうんですね。テレビ番組のいい加減な情報に踊らされたりするのも同じですよね。ですから、家庭の中でできる、予防医学が必要なんです。

■「食」を機軸にフィールドを広げる

――料理教室も、細胞矯正医学も、「食」でつながっています。ご自身の興味・関心を追求してこられた結果、この二つに至られたわけですね。

そうですね。料理教室は、そのままだとやはり「一馬力」なんです。実際に細胞矯正医学などで体の仕組みを勉強してしまってからは、これはちょっと放っておけない、と。余計なお世話と言われかねないですが(笑)。だからまずは自分の両親や夫の両親に勧めて、勉強してもらって、サプリメントを飲んでもらったり、食べてもらったりしたら、健康状態が大きく変わってきたんですね。それで、これは多くの人が知る価値があると思いました。

――それぞれについてどのようにお思いですか。

料理教室は、私の生き様を伝えるものだと思っています。料理を通じてコミュニケーションを取りながら、自分を表現し、皆さんとも分かち合える。生徒さんたちは料理をつくることも楽しみにしていますが、やはり幸せな空間を自分も持ちたいと思っていらっしゃる方々です。大切な人に美味しいものを食べてもらいたい、それなら、心のケアも必要ですよね。そういう教室を開くことは夢でしたので、自己実現というか、そういうものとしてあります。

FLPについては、世の中に必要なものだと思いますので、自分の大切な人に摂っていただきたいな、という思いでやっていますね。

――今後の目標はどのようなものでしょうか。

子育てとか介護とか、これからもいろいろなことがありますので、それぞれに自分なりに精一杯、やっていきたいですね。セミナーの講師などもいつかはやりたいと思っています。

――「食」を機軸として、いろいろなことを発展させていけそうだなと思います。

一人でレッスンを受けられる方もいるんですね。プライベートでいろんな悩みを抱えていらしたりして。そういう個人個人の相談も多いんです。例えば、89キロの女の子が一週間に一度、うちに来られるんです。体重をチェックして、食生活の面からのアドバイスをしたり、いろんな話をしてコミュニケーションをしっかり取りながら、その子に合ったプランを立ててあげるんです。そういうことを何かしらの形にしていければ良いな、とも思っていますね。

■心を自由に、自分を信じて

――これまでのお話で、石井さんの「生き様」は随分見えてきたように思いますが、その生き方の基本にある考え方はどのようなものでしょうか。

起こったことはすべて自分の将来ための勉強なんだ、ということでしょうか。次にこうするために、今回の経験は役に立つものなんだ、と考えること。すべてに感謝する気持ちを持つこと。見返りを求めるのではなくて、自分がやりたいからやるわけですし、自己実現と言っても、一人の力ではできません。だから相手のことを考える、まわりの人に感謝する。それが成功の近道だと思います。それから、枠にとらわれないことですね。自分勝手に「自分にはできない」と決め付けたりしてはいけないんです。

――現代はいろいろな規制が外れるなど、ビジネスの世界も大きく変わってきています。

今の時代はとても自由だなと思いますね。戦前は家柄、戦後からバブルの崩壊までは学歴がものを言う社会だった、だけど今は自分の実力次第の世の中です。だから自分の信念――「念ずる」っていう字、「今」の「心」ですね、それを大切にすることです。

自分が将来どうなってしまうのか、なんて不安を抱いていると、良いことは起こりません。たとえ他人が期待してくれなくても、自分くらいは、自分にたくさん期待してあげた方が素敵ではありませんか。

――実力主義の社会は、一方では「勝ち組」「負け組」を生むという言われ方をしたりもします。厳しい時代だとも言えると思いますが、如何でしょうか。

勝ち組になるためという意識でやっていくのではなく、個人個人が自分を愛してあげる、それが大切ではないでしょうか。そうしたら、それこそ全員が成功者になることも可能なんじゃないかな、と。ただ、それを実践している人のパーセンテージが少ないから、そんな言われ方をするんでしょうね。自分に能力が無かったから、なんてことは、まったく無いと思います。それは、そう勝手に思い込んでいるだけではないでしょうか。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

自由な世の中だと言いましたけど、世の中で一番自由な所はどこですか? そう、自分の心ですよね。心を自由にして、自分の心を信じてあげましょう。

社会の中で、自分に何ができるか、自分はどうすれば役に立てるか。まず自分が仕事を好きでないと、相手のことを考えることもできず、きっと駄目ですよね。だから、自分の仕事を好きになっていただきたい。好きな仕事を早く見つけることが大切です。

現状の自分はまったく無視して、5年後、10年後の自分を想像してみて下さい。今の自分がこんな状況だからできない、なんてわざわざ思わないで。できないと思ったら、できなくなります。できると思ったら、できてしまうのです。自分がやりたいと思うことを信じて、常に夢を持って、チャレンジしてみてください。

――ありがとうございました。

石井陽代〔いしい・はるよ〕氏
料理教室「GRAND CHAMP」主宰。1971年生まれ。青山学院女子短期大学卒業後、1993年、日本銀行入行。同年、サルバトーレ・クォモ師にイタリア料理を習う。中華料理は王馬先生に師事。フランス料理は2000年、コルドン・ブルー東京校にて料理とお菓子の資格(グラン・ディプロマ)を取得。同年、GRAND CHAMPを開講。2002年、日本銀行を退社し料理の路に専念。2003年にはFLPジャパン・リミテッドのディストリビューターとしての仕事にも着手、「食」を基軸とした心身両面の健康の増進に取り組んでいる。趣味はスポーツ、インテリアショップめぐり。

※この記事は2004年5月発行『New Beginning』第3号に掲載(肩書き等は当時)。

date: 2004.05.31

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