|
特定非営利活動法人MPI (2004年内閣府認証取得) |
|
![]() |
||||
![]() |
||||
Interview愛する故郷で立ち上がる―28歳の挑戦:杉尾巨樹氏〔鹿児島市議会議員候補〕自らの生まれ育った町を、この手で支えたい。老人ホームでの仕事や介護ベンチャーの立ち上げ、議員秘書などを経て、故郷で出馬を決意した杉尾氏。桜島の雄大な自然を背に、大きな挑戦に踏み出した彼の胸にはいかなる思いが去来するのか――。
――政治家を志したきっかけをお聞かせ下さい。 直接的なきっかけは大学を出てから、サラリーマンをしばらくした後に、議員秘書の仕事を1年ほどした経験からですが、大学時代、もともとは福祉の道へ進もうと思っていたんです。老人ホームでアルバイトをしたことがあって、そう思っていました。平成8(1996)年のことですが、厚生省(現厚生労働省)の事務次官だった岡光序治さんという人が捕まりましたよね。ああいうことになりましたが、岡光さんというのは介護保険制度をつくった人なんですね。あの時期、僕は岡光さんが書いた介護保険の必要性に関するレポートに感動して、介護ベンチャーを立ち上げたりしていたんです。 そういう経験の中から、行政やマスコミで語られる介護と現場の間のギャップを感じたりもしまして、ちょうど介護保険が始まる時期でしたが、保険制度の改正の必要性を感じて、政治学研究会の中で介護の勉強会を始めました。そういう活動を経て、政治家になって福祉に取り組もうと思ったわけです。 ――自分のやりたいことを実現する場として、市議会議員を目指すことにされた理由は。 福祉は本来、地域でやるべきものだと思うんです。補完的な意味で行政が介入しはしますが、基本はコミュニティでやるべきだろうと。勿論、自分の生まれ育った地域を思う気持ちからでもあります。僕の原点は自然に、この鹿児島という地域になるんです。秘書をしていた時期を含めて、自民党とは縁がありますが、それは自民党の支持基盤が地域に根ざしているということがポイントですね。 ――どのような政治を行ないたいとお考えですか。尊敬する政治家やその理想像など、お聞かせ下さい。 尊敬する政治家と言えば、福祉政策で有名な山井和則(民主党)さんという議員がいます。大学卒業後、世界各国を回って高齢者福祉の研究をされた人で、『体験ルポ 世界の高齢者福祉』(岩波新書)といった本を書いたり、福祉の研究所を自分で設立したりもしています。松下政経塾を出てから立命館大学で講師をして、それから政治家になった人で、そもそも「介護」というものを日本に伝えた最初の人だと言えるでしょう。 日本ではもともと、高齢者は病院でみようという発想なんですね。そこにスウェーデンから介護と言う概念を持ちこんだのが山井さんなんです。彼は、学問の世界、マスコミの場で介護の問題を訴えましたがなかなか広まらなかった。それで政治から変えるしかないと決意して、政治家になったんです。僕もまったく同じように考えましたから非常に共鳴しています。 政治家の理想像、あるべき姿ですが、僕は政治家というのは「代理店」だ、と――普段から政治を考える暇のない人たちの意見を代弁するものだと思うんです。ところが、現状では往々にして、政治家は声の大きい人の声や、多数の声だけを代弁している。高齢者や障害者など、困っている人の声は届き難い。僕はそういう人たちの、埋もれている意見を代表したいと思います。僕は以前、議員秘書をしていましたが、議員になったら、市民全体の秘書という気持ちで働きたいと思っています。 ――今の日本、今の鹿児島の問題点は。 公共心がなくなっていることです。礼儀作法や言葉遣いなどが毀損されています。例えば、最近の子供は――僕の自宅の道場でもそうなのですが――まず挨拶ができない。教えれば出来るんだけれども。教える人が少ない。礼儀作法は国によって違うものですが、現代の日本人は、そういう昔からの日本的な文化に触れる機会がなくなってきているんですね。ですから、これは最近の子供に限らず、日本人すべての問題と言えるでしょう。 特に教育現場でそれが顕著に現れていますね。道徳教育も無く、倫理基準が崩れてきている。援助交際をやる女子中高生に罪の意識がない。他人に迷惑をかけなければ何をしてもいい、という発想なんですね。倫理の基準を教えるのは難しいことですが、社会で考えていかないと、ますますひどくなってしまいます。青少年の問題も僕にとって大きなテーマです。 ――政治の現状をどうご覧になっていますか。まず、小泉内閣についてはどうお考えですか。 小泉首相は自民党に新しい風を吹かせましたね。こういう人が総理になるのは今までではありえなかった。総理になったプロセスも国民投票のような感じですし。構造改革については、他の政党も含めて、特に経済面ではコンセンサスが得られてきているんじゃないでしょうか。公共事業、特に土木工事を中心とした政策からの脱却を中心にまとまってきていますね。 ただ、小泉首相の問題を言えば、誤解を恐れずに言うならばあの日――総理就任後の8月15日に予定していた靖国神社への参拝はしてほしかったですね。憲法9条の改正も含めて、中国や韓国などからの批判を怖れて何もしないのではなく、目に見える行動によって、日本に再軍備を進める意志が無いことを証明しなければならないと思います。ただ、今の憲法には矛盾があるから変えていこう、という考えには大きくコンセンサスが得られていると考えています。 ――地方自治体の政治については如何でしょうか。 地方政治に関して言えば、例えば京都の市議会は、自民党が第一党で24議席、共産党が第二党で20議席、その議席差は5しか無いんですね。それだけ、議会に緊張感が生まれ、緊迫した政治が実現されていると思います。それに対して、鹿児島県議会では定数53の内、自民党が39議席。自民党議員が胡座をかいている状態です。 地方に行けば行くほど、行政にぶら下がって生活する層が増えていく。そのため、政党・政策ではなく、与党につくんですね。ただし、そうしないと生活ができない人が出てきてしまうのも事実として大きな問題です。そういう意味で選挙と生活が近いというか、直結するんですね。だから第一党が絶対に勝つという状況であれば既得権益層が完全に与党と結びついてしまうわけです。バランスが非常に難しい。 ――そういう点でも、国と地方の関係の見直しというのも必要だと思います。 そうですね。地方のするべきことと国のするべきことをきっちり分けて行なえるようにするべきです。地方分権論議が盛んですが、財源移譲については予算と自己決定権限がセットであるべきですね。 ――鹿児島が地域として取り組むべきなのはどういうことだとお考えですか。 真っ先に思いつくのはまちづくりです。今の地方自治体は全国どこも画一的ですね。僕は47都道府県をすべて回ったことがありますが、どこに行っても同じ景色が広がっているのが印象に残っています。地方の独自性をもっと活かしたまちづくりが必要だと思います。 柱は観光と第一次産業(農林・畜産)ですね。アジアをはじめ、世界との結びつきも強めていきたい。オーストラリアとの結びつきもある。鹿児島大学にはアジアからの留学生が多いんです。農産業については、「KAGOSHIMA」ブランドには力があります。近年、政府による農産業の保護に批判がなされたりもしていますが、政府による強い規制ではなく緩やかな保護政策というか、市場の倫理化――消費者の選択行動に倫理的なバイアスがかかること――を図っていく、という意識でやれれば良いのではないかと思います。 ――最後に、学生に対してメッセージをお願いします。 社会人になると仕事に追われて、インプットする時間が少なくなって常にアウトプットに追われることになりがちです。学生時代に蓄えた貯金を食いつぶしていくんです。だから、学生時代は一杯勉強して、後悔しないようにしてほしいですね。この時期に学んだことは一生を左右します。ここで決めたスタンスは崩れない。この時期に自分を確立できれば、社会に出ても十分通用すると思います。それから、自分一人ではできないことが多いものですが、仲間が集まればできないこともできるようになります。だから、この時期に得た友人・仲間を大切にしてほしいと思いますね。 ――ありがとうございました。 杉尾巨樹〔すぎお・ひろき〕氏 ※この記事は2004年1月発行のMPI機関誌『New Beginning』に掲載(肩書き等は当時)。 date: 2004.01.31 |
||||
![]() |
||||
|
Copyright © MANAGEMENT & POLICY INSTITUTE 1999-2008
powered by Movable Type 3.33-ja
|
||||