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Interview

正解の無い時代、WILLの力で切り拓け:船橋力氏(ウィルシード)

「トレーディングゲーム」など、画期的な体験型学習によって企業研修のみならず学校教育の現場にも旋風を巻き起こしている㈱ウィル・シードの船橋力社長。より良い世の中を創りたいという思いを現実のものとしてゆく船橋氏に、「正解の無い時代」を生きる力の源泉を訊く。

正解の無い時代、WILLの力で切り拓け―人材育成に革命を起こすニューリーダー
船橋力氏〔株式会社ウィル・シード 代表取締役社長〕


■「早く世の中を変えなくちゃ」

――船橋さんは商社に勤務されていた後、トレーディングゲームなどを用いた人材開発の分野で起業されたわけですが、その経緯をお話しいただけますか。

伊藤忠ではODA絡みのインフラプロジェクト、地下鉄とか電気とか水道とかを供給する仕事をしていました。そもそも、その仕事を選んだのには二つの要因があるのですが、一つは、大学生の頃、周りの皆が海外では当たり前にする話をしない、政治とか歴史とか文化とか真面目な話をしないことに疑問を持っていたのです。なぜ皆、こんなに社会に無関心なのだろう、と。

もう一つは、フィリピンで活動するNGOに入っていまして、それを通じて得た体験です。ツアーを組んで2週間、原住民の方の家に泊まったり、スラム街に泊まったり、大金持ちの家に泊まったり、そういう体験をして、南北問題とはどういうことかと気付いたり、貧しい人を助けに行こうと思って行ったのに、フィリピンの人は貧しいけれども不幸せではないなあ、心は豊かだなあ、と思ったり、いろいろと学んで帰ってきて。勿論、一方では貧しい現実があったり、日本の人がフィリピンの人に偏見を持っていたりして、それが哀しくて、それを日本の人に伝えたいと思ったり。当時の日本は今と違って経済も順調でしたから、日本人の私が世界を助けてあげたいなあ、みたいなことを考えていたのです。

そういう中で、ODAに絡む仕事がしたいと思って商社を選びました。他にも、海外に住みたいとか、商社って格好良さそうだとか、そういう理由もありましたけどね、官公庁には大学時代にそういう勉強していなかったから行けないし、自分のような考え方の人も民間にはいなきゃいけないと思って、選びました。

それで実際にODAに絡む希望通りの仕事をしていたのですが、商社に入ってみると疑問も湧いてきました。僕が考えたものを社長が大統領に伝えたりしますから、仕事にはそれなりの醍醐味があるのですが、一方で、大企業では社長になっても末端の人が書いたことを言うだけか、とか。何千億円のビジネスって大きすぎて、ゲームみたいだな、とか。自分が権限持ってやれるようになるには10年、20年かかるんだな、とか。それに、世の中を良くしたいと考えてその仕事をしている人より、お金儲けの一つの手段としてODAを扱う人が多かったんですね。そういうことに、忙しい中で、いろいろと疑問を感じ始めました。

ただ、一番強かったのは、じれったさですね。早く世の中を変えなくちゃ、良いことを発信しなくちゃ、と思いながら、仕事に忙殺されているわけです。どうしたものかな、と思っていたときに、吉田君とか深沢君とかに出会って、異業種交流会を創りました。多くの人に何か発信していく場を創ろう、と。

そのとき、トレーディングゲームに出会ったのです。もともと南北問題を伝えるためのゲームだったのですが、それ以外にも、ビジネススキルが学べるなどいろんな利点があって、「これだ」と思いました。しかも、楽しいんですね。ゲームで疑似体験をして、それが楽しい体験なら、人に思いは伝わるんだと気付きました。誰もがフィリピンに行ったり、海外経験をしたりできるわけではないですよね、でも疑似体験という手があるな、と。

それで5年間、異業種交流会の中でこのゲームを広めてきたのです。交流会には、誰でも来てよかった。真面目さと遊びとが共存する場、オープンでフラットな場、と考えていました。意図的に派手なパーティーをやって、ちゃらちゃらした人をいっぱい集めて、そこでゲームをしてもらって、意識を変えて、そういう人の目を勉強会とかボランティアとかに向けていって。一方で、もともと政治勉強会とかボランティアとかしていて、真面目なことに惹かれて来る人には楽しさを教えて。そうする中で、5年間で総勢3,000人くらいになりました。

――大変な規模ですね。

見方によっては、たった3,000人とも言えますが。人が集まって来たのは、理念を伝え易かったからでしょうね。口で言うよりゲームで疑似体験して、しかも楽しいので、分かり易いし、人を誘い易い。しかも、今月来た人と来月来る人、一年後に来る人が、一緒に会話できるんです。共通体験がありますから。だから共通理念を伝え易くて、人が集まって来たんですね。

ただ、それもやがて自己満足かなと思うようになって、29歳になった頃、会社でニューヨークに転勤の話が出てきたのです。ニューヨークというのは住んでみたい所だったのですが、そこで5年間ずっと同じ仕事をするのかなあ、とか、もう代替が利かない歳になってしまうな、とか、いろいろ考えました。トレーディングゲームを使ってもっと世の中に影響を与えるにはどうしたらいいかと考えて、子供の教育だと思ったのです。子供の頃からそういう問題に気付かせよう、と。

そこで、させてもらえる会社はないかと思って転職先を探しましたが見つからなくて。その次に、ある人に相談したら「そこまで決まってるのなら、自分でやりなさい」と言われて。それで、会社を起こしたのです。なぜ商社から、とよく訊かれますけど、困っている人を助けるとか、良い世の中にしていくとか、そういう線で僕の中では一貫して変わっていませんので、違和感は全然ありませんね。

■使命感と意志(Will)

――ただ、異業種交流会を開くことと実際に起業することとの間には、大きな溝があるように思うのですが。

起業の前に一年間インドネシアに駐在していたのですが、駐在の前から転職は考えていて、やるなら子供の教育だとも思っていたのです。インドネシアでは仕事に熱中していましたが、日本に帰ってきた翌日に、やっぱり子供の教育だと思って、動き始めました。だから、一年間は悩んでいたわけです。生活の保障とか、伊藤忠での経験とか、プレステージもあるかも知れない、とか。

だけど、商社の仕事が自分にすべてぴったり合っているとも思えない、本当の満足感が得られない、という思いも強くありました。それに一つは、異業種交流会のメンバーに、こういう生き方もあるんだ、ということを自分が示さなくちゃいけない、というような使命感を感じていたのです。成功したいという思いはあまり無くて、自分の役割、使命、というのが一番強い思いでした。

――なぜ、そういう使命感を持たれたのでしょうか。

背景として僕の家がカトリックだったためか、その辺にいる元気な人をもっと元気にするよりは、悩んでいる人を正常にする、困っている人を助ける、ということの方に強くモチベーションが働くのです。親の教育方針で、小さい頃から「社会のいろんな面を見なさい」と、いろんな体験をさせられまして、そういう中で、いろんな人がいることや、いろんな幸せがあることを教えられてきたと思います。その一方で、海外では日本人だということで差別されたり、日本に来てからはカトリックだということで何か違う人というふうに見られたりしました。偏見を受けたことがあるから偏見が嫌いなのですね。そういうものを無くしたいという思いがあります。

また、親の教育がすごく厳格な「押し付け教育」で、僕は反発しましたが、親は正論を押し付けてくるんですね。それで、ただ「こうしろ」と押し付けるんじゃなくて、なぜしなきゃいけないのか、その理由を教えてほしかった、気付かせてほしかった、気付けば俺はやるんだから、という思いがありました。海外と日本、両方で学校に行ったのですが、僕は政治にまったく興味が無いんです。世の中良くしたいとか思っているのに、まったく興味が無い。なぜかというと、日本で「公民」を習ったんですね。一方で、ビジネスは海外でビジネスゲームをやって学んだりしまして、興味がある。きっかけの与え方次第で、その後の定着の仕方が変わるんです。

だから、押し付けるのではなくて気付かせる、そういう方向でやりたいな、と。ただ、「教育」に固執しているわけではなくて、異業種交流会を始めたときもそうですけど、一番良い手段を探しているだけなのです。産・学・地域一体となって皆が生き生きとしていられる理想の世の中を創ることを常に考えていまして、そのためのいろんな手段がある中で、今は「教育」を通じて世の中を良くすることを目指しているわけです。

だから、なぜ使命感を持つかと言えば、そう生きなさいと小さい頃から言われてきたからです(笑)。反発もしましたけどね。ただ、俺は好きなように生きてやると思いながらも、役割があるとやってしまう。

――その使命を疑問に思うことはありませんでしたか。

使命感という言葉を使い始めたのは異業種交流会をやっていた頃でしたが、それは起業してから変わりましたね。大企業にいると、不条理なことにいっぱい触れるんです。それで、会社はいけないとか日本の社会を変えなきゃとかいう思いが湧いてきていた。つまりは反骨心があったんですね。でも、起業すると自分の好きなことをやっているわけだから、反骨心が無くなる。昔は反骨心から使命感が生まれてきたのですが、起業すると反骨心が無くなって、使命感というより、これをやりたいな、という意志に変わってきていますね。ウィル・シードのウィル(WILL)も「意志」ですしね。

■荒廃した教育を体験型学習で救う

――日本の教育の、何が問題だと思われますか。

すべてに問題がありますね。制度・仕組み、受験も、先生の質も、カリキュラムの内容も、評価制度も。そういう中でも最も強く思うのは、社会で必要なことを教えていないということです。学校で学ぶことと社会で必要なことが乖離してしまっている。それから、個々人が互いをリスペクトしたりアクセプトしたりする環境が無いので、同質の人しか育たないとか踏み潰しているとか、実際に研修に行って感じます。

――どうしてそのようになってしまったのでしょうか。

やはり高度成長期に、人の真似をするとか、正解を覚えさせるとか、そういう教育をしてきた弊害ではないかと思いますね。今は正解の無い時代ですから。

――なるほど。では、そういう時代において、船橋さんのおっしゃる「体験型学習」というのは、具体的にどういう効果があるのですか。

「総合学習」ってご存知ですか。日本の学校って国語・算数・理科・社会とか、文部科学省が作る「指導要領」の通りに教えなきゃいけないのですが、去年から週に3時間程度、総合学習というのが始まりました。ジャンルは決まっているのですが、環境問題とか国際理解とか福祉とか世界の経済とか、ある程度の自由な幅の中で、体験型教育を使って学びましょう、というものです。この時間の使い方は各学校の独自性に任されていますが、だいたいどこの学校も困っています。何をやったらいいかわからない、と。

そこで僕らが行って、総合学習の時間を使わせてもらって、トレーディングゲームをさせるわけです。
ゲームでは、子供たちは幾つかのチームに分かれて競い合います。各チームには世界の各国のようにそれぞれ違ったリソース、違ったニーズが設定されていて、それをうまく活かして貿易をして、資産を増やすことを目指すゲームです。チームの意志決定の方法などはすべて自由。3人のチームがうまく協力して6人のチームに勝つこともあります。そういう中で、チームのマネジメントを学んでいったり、議論することを学んだり、経済やビジネスを学んだりできるのです。

――ゲームやディスカッション等は、日本でも今、重要性が叫ばれていると思いますが、実際の感触として、受け入れられつつあるのでしょうか、いかがですか。

企業では徐々に受け入れが伸びています。日本ってムラ社会だと思いますね。伊藤忠なら伊藤忠、何々なら何々と、その社会の中にしかいないので、異業種と接したときに初めて、実力や必要性がわかると思うのです。このゲームをすると、交渉力のある人がいたり、ディベートが強い人がいたりして、それに触れて初めて、こうすれば良いのだとか自分はこの点が弱いのだとか気付いて、そこからニーズが生まれて来ます。

学校には20校くらい行きましたが、どういう研修が必要でしょうかと先生たちに訊いたら、皆しんとしていて、何も意見が出ない。でも、個々人で紙に意見を書いてもらったら、いっぱい書けるんですよ。ディスカッションの重要性を意識されていないのですね。でも、それでは困るでしょう。会社に入ってアメリカ人と交渉して初めてディベートの重要性に気づくというのでは遅いのです。だから、子供の教育の段階から、気付かせていく必要がある。

■リソースの最適な組み合わせを探す

――今後のビジョンをお話しいただきたいのですが。

企業の研修や学校教育に加えて、大学で国際交渉や英語を教えることでグローバルマインドを育成するとか、それから教育プロデュースと呼んでいますが、政治ゲームや経済ゲームや金融ゲーム、アートとか音楽とかスポーツとかを通じて、産・学・家庭・地域を結び付けたいと考えています。今、僕らのお客様には若手が多いんですが、彼らは10年後の日本を創ります。子供たちは将来の日本を創ります、そして今の企業の研修は子供の教育にも応用していけると思いますので、そこをつなげていくと良い循環が生まれると思うのです、そういうのをやっていきたい。

それから、僕ら自身で学校を創ることは当初は考えていなくて、――というのは受ける人数を限定したくない、もっと広く影響を与えていきたいと思ったからですが、今は、5年後を目処に学校を創る構想も考えています。ウィル・シードというのはどういう教育をやりたいのかというのを明確に示したいんです。イメージしている学校は、簡単にいうと「リナックス型」です。

同じ学校を全国に創るのは至難の業じゃないですか。でも学校にはソフトもあればハードもあって、理念とか、評価とかカリキュラムとか先生のトレーニング方法とか教え方とか、いろんなものがあります。ですから、僕らが一つ学校を創って、その幾つかの部分をそれぞれの学校の判断で取り入れてくれればいい。どこかにウィル・シードの魂が入っている学校がいろんな所にできてくる。そういうのを目指しています。

他には、スポーツ選手を使うことも考えています。例えば、イチローとか中田とか、すごい選手はビジネスをしても必ず成功すると思うのです。スポーツとビジネスはある意味似た所がありますから。相手の分析をする、とか。でも、人は野球をしているときの発想をビジネスに活かそうとはしないわけですよ。アートもそう。キャンバスに自由に絵を描ける人はビジネスの場でも自由に描けるはずなのに、その橋渡しが無い。そういう所をつなげていって、スポーツやアートを身近に当てはめるとこうなりますよ、というのを教えていく。そうやって、いろんなもののつながりを創っていこうと考えています。

サッカー選手を地域の学校に派遣して、サッカーだけでなく人生観を教えたりトレーディングゲームをしたりするとか。子供たちは僕らよりサッカー選手の言葉を素直に聞くと思いますし、そこで学んだことや考えたことを親にも話しなさいと教えることで、親ともつながりができていく。親と一緒に試合を観に来て下さいと言えば、チームの集客にもつながる。選手のモチベーションアップにもつながる。そういう好循環を生み出すことを今後やっていきたいです。

――たいへん豊かな発想だと思いますが、そのような発想はどこから生まれてくるのでしょうか。

困っている人を助けたいと思っていますから、困っている理由は何かな、と考えて、欠けている人・モノ・カネをうまく補填するにはどうしたらいいかを考えるだけですよ。トレーディングゲームから僕自身が学ぶことも多くて、応用している面があります。それと、親の教育でいろんな人を見て、いろんな価値観、いろんな生き方、いろんな心理状態に触れてきたことでしょうね。心が満たされていれば貧しくても良いという心理状態とか、それは一つのリソースだと思うのです。それらをうまく組み合わせることを考えているのです。

――最後に、若者へのメッセージをお願いします。

まず行動、ですね。やってみよう、と思うこと。やりたいことを追求すればいい。考える前にやる。自分の体験でも、いろいろやったからこそ気付いたことが多いですから。特に今、変化が非常に激しくて、正解が無い時代と言われているので。10年前には正解があった、今は何が正解かわからないから、やってみないとわからないのです。モラルや社会性は大事ですけど、何が正解かということについて人の意見はまったく関係無いんじゃないかな。僕自身、商社に残っていたのと起業したのと、どっちが正解なのかなんてわかりませんよね。そういう時代ですから、とにかく行動した方がいいですよ。やっている内に気付いてゆくことがありますしね。いろんな行動を起こして、いろんな失敗をした人が評価される時代になってゆくと思います。

――ありがとうございました。


船橋力(ふなばし・ちから)氏
神奈川県出身。86年、高校在学中にブラジルのインターナショナルスクールに転入、日本人初の生徒会長を務める。ナショナル・オナーズ・ソサエティ賞(全米インターナショナルスクールのトップ3%の学生に授与される)受賞。94年上智大学経済学部卒業、伊藤忠商事入社。インドネシアなど海外のインフラプロジェクトを手掛ける。96年異業種ネットワーク「LPC」設立。2000年、伊藤忠商事を退社、株式会社ウィル・シードを設立。

※この記事は2003年10月発行のMPI機関誌『New Beginning』第1号に掲載したものです。

date: 2003.11.03

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