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Interview

他者に自己の最善を尽くせ:瀬口清之氏(日本銀行、NPO法人RFL)

日本銀行でのご活躍の傍ら、NPOの理事長として地域に密着した社会貢献活動にも尽力されている瀬口清之氏を突き動かすのは、パブリック・マインドと「実践」主義だ。「一人一人が人の喜びのために行動を起こす実践の文化を日本に」と訴える瀬口氏に、リーダーシップの本質を訊く。

他者に自己の最善を尽くせ―真のリーダーが貫く実践主義の美学
瀬口清之氏(日本銀行政策委員会室企画役、NPO法人RFL理事長)


■「実践の文化」を根付かせる

――瀬口さんご自身の夢とは。

夢といってもそんなに華やかなものがあるわけではありません。これを夢と言ってよいのかわからないけども、「周りの人たち皆がお互いに優しくなれるような社会を創りたい」ということをずっと考えています。

高校二年生の時、私の通っていた学校には生徒会がなかったので、予算委員会というものを作って、少なくともクラブ活動などの予算だけはきちんと確保できるようにしたかったのです。私自身は水泳部に所属していたのでそれほどお金もかかりませんでしたが、高校生にとって金銭的な負担が大きいクラブもあって、彼らは大変な苦労をしていた。その時から「同じスポーツをやるのに、なぜみんなが平等に、そしてのびのびとできないのか」という問題意識を抱くようになりました。

この委員会を作ったときの社会観がいまだにベースにありまして、「自然にお互いが助け合える」のが理想の社会だと思っています。例えば体の不自由な方に電車の席を譲るとか、米国のように停電した時にはみんなで助け合うとか、そういう思いやりがもてたらいいなと。理想の実現のためには、自分の社会を構成するシステムやインフラはどういったものが良いかを考え、自分の言葉で意見を述べ、そして現実とのギャップを埋める努力をする。一人一人が自分の社会に対する自覚・責任をもって、自分のみならず人の喜びのために行動を起こすことが必要なのです。

勿論、そういう人ばかりではないことは分かっています。しかし、一歩でも二歩でも自分の街を良くする行動を起こしていけば、それがまた周りの人を巻き込んでいきます。それが日本をより良い国にしていく、そういう国になれば素晴らしいですね。一人一人が自分の頭で考え、実践活動をさりげなく起こす国民になっていく、そういう社会を実現できないかと考えています。これが世界に広まるのがベストですが、まずは言葉の通じやすい日本で実践の文化を根付かせることができればと思っています。これが夢といえば、夢になりますね。

――そうした「実践」は非常に難しいことかと思うのですが、その困難に立ち向かう瀬口さんの原動力とは。

そもそも、「難しい」と思うか、ということなのですね。確かに、大それた夢をいきなり実現するのは難しいかもしれません。しかし、自分自身がその方向に向かって歩むこと自体はそれほど難しくありませんよね。以前は私自身も夢の実現は非常に難しい、と考えていたのですが、ちょっとしたきっかけで「やらなくてはいけないことをやっていなかっただけではないか」と考えるようになりました。

――その気づきのきっかけは。

気づかせてくれた人が周りにいたのです。モチベーションという意味では「人との出会い」というのが最も大切だと思っています。自分は本当に出会いに恵まれていて、思いを共有できる人が常に周囲にいました。RFLのメンバーの一人が良く「思いは伝わらなくて当たり前」と言っていました。確かに99人に話をしても思いは伝わらないかもしれませんが、信じて伝えていけば100人目に思いは伝わることがあるのです。この感激の大きさは素晴らしいものですよ。

思いが伝わらないのが当たり前かもしれませんが、そうではないこともあるのです。自分の努力で当たり前でないことを起こすことができる。あなたと出会ったのもそう。思いが通じることが、実際に目の前に起きて、出会えたわけです。

こういった出会いが私の人生のモチベーションを高めてくれています。お互いがお互いを高めあえる、そして新しい行動を起こせる、これが出会いの意義だと思います。この時、重要なのは「志が共有できているな」と感じることなのです。志が共有できているかどうかは相手の目、その輝きを見ることでわかります。それを信じることです。

■「人を相手にせず、天を相手にせよ」

――瀬口さんが選ばれた職場は日本銀行でしたが、日銀を選ばれたのは何故ですか。

私自身はそもそも日銀に入るつもりはなかったのです。学生の頃、銀行は嫌いだったんですよ(笑)。銀行の仕事というのは、几帳面にぎちぎちに詰めた書類を作って、細かい金勘定をする、というイメージがあってね。全く性に合わないなと。私は人との出会いや議論、あるいは問題に体ごとぶつかっていくことが好きで、その主義に反するのが銀行、というイメージがありました。就職活動を初めた頃は、豪快な高炉をみせてもらったり、「鉄は国家なり」などと言う人もいたりして、「これは鉄鋼が面白そうだな」とか思っていました。

しかし、ゼミ生の多くが金融を希望していたので、つられて日銀の説明会にも行ったのです。紳士的な方にお誘いを受けたということもありましたが、自分も人と会うのが好きなので、何回かお話しすることになったのです。

そこで率直に、「私は机の上で仕事をするのは向いていない。日銀の仕事は頭の良い人が、データや世界の市場動向やらをみて経済情勢を判断し、理論的にやるものでしょう。だけれども私は勉強が嫌いです」と言いました。そうしたら、「君は社会のために頑張りたいと言っているが、勉強しないでどうして人を説得できるかね。どうやって人を動かすのかね」といきなり叱り飛ばされてしまいました。

ガツンと言われた上に、「日銀でやる仕事なんてものは5年10年経たないと結果が分からないものだよ。常に縁の下の力持ちであるけれども、社会のために誰かがやらなければいけない仕事なんだ。苦しいがみんなのために働く、これは男の一つ選ぶべき道ではないか、なあ、瀬口君」と。これには参りました。セントラルバンカーズ・スピリッツの象徴のような言葉でした。まさに魂というか。それで日銀に決めた訳ですが、これも大きな出会いでしたね。

私の好きな『西郷南洲遺訓』の中に「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽して人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」という一節があります。「天=出会いや与えられた場」を素直に受け入れ、己の心を透明にして頑張ることが大切なんだといつも思っています。

――瀬口さんは日銀でのご活躍に加え、NPO法人リフォーミスト・フェスティナ・レンテ(RFL)の理事長としても積極的に活動されていますね。その活動の理念はどのようなものですか。

RFLは、「実践活動の中からよりよい社会を模索し、築いていくための思索と実践の場が必要だ」との考えから始めました。「実践活動重視」「自立共創」「地域社会からの日本の変革」というのがRFLの理念です。

「知行合一」という言葉の通り、考えるだけでは十分ではありません。考えて実践することが真の知恵につながります。実践することが大切なのです。

次に「自立共創」、これはメンバー一人一人が個性をフルに発揮し、多様性を活かしながら志を共有することを重視していることを指しています。私たちは全員で同じことをやろうとしている訳ではありません。そうではなくてRFLが「舞台」を提供して、その上で志を共有する個々人は思い思いに主役として活動してもらう。これは「場の理論」に基づいて考えられたものです。

最後に「地域社会から日本を変える」ということですが、これはRFLの「凛として優しい社会を創る」というフレーズにもつながっています。「凛として」というのは自己責任を意味しており、RFLは自立した個人がお互いに思いやりを持てる社会を目指しているのです。では、なぜ「地域社会から」ということになるかといえば、中央からは変わらないという確信があるからです。

政治家のステータスは当選回数で決まるし、役人はセクショナリズムに陥っている。しかし、地方の首長がきちんとビジョンを示せば、当選回数が一回であっても地域は変わっていけるのです。柔軟に変化し、セクショナリズムを打破した住民のための政治・行政ができるのは地域社会から、という気持ちを強く抱いています。この三つの理念を共有してくれる人がRFLに集まっています。

■リーダーシップの不変の大原則

――さて、今回の本題であるリーダー論に入りたいと思います。瀬口さんの考えるリーダーとはどのようなものでしょうか。そして今、求められている「新しい」リーダーには何が必要とされるのでしょうか。

リーダーと呼ばれる人たちに、「21世紀だから」特別な能力が必要かといえばそんなことはなくて、人間がこの地球に存在した時から今まで、リーダーの原則は何ら変わらないのではないかと思っています。すなわち、他人の喜びを自分の喜びと感じる、言い換えれば「私利私欲なく全員のために尽くす」、これがリーダーですよ。それは古代も中世も現代も、あるいは組織が小さかろうが大きかろうが、みんな同じなのです。

――それは、時代や社会的地位にはかかわらず、まさに個々人の問題であると。

そうです。時代や社会的身分などは全く関係ありません。「他者のために自己の最善を尽くし切る」、これがリーダーの条件です。

――しかし、実際にはリーダーたる人がそう簡単にいない、というのが現状かと思いますが、どうすれば、実践のできるリーダーが育っていくのでしょうか。

それには、やはり教育が大きい役割を果たすと考えています。リーダーが育つには、周りの人がリーダーに感謝すること、これが極めて重要なんです。私利私欲を追及する人が多いのは仕方ないし、これは世の常です。しかし、自分は私利私欲を追求していたとしても、私利私欲を捨てて頑張っている人たちに対して、素直に「立派だ」と周りの人が感じることができるかどうかが大事なのです。

これがリーダーを受け入れる土壌になります。「皆さんは私利私欲を追求してくれて構わないが、皆が喜ぶ顔をみたい。自分はそういう生き方を選びたいのだ」という人が出てきたとしましょう。その時この人をリーダーとして受け入れることができるか、ということがポイントになるのです。

しかし、逆にリーダーを受け入れる土壌ができたとしても、自分をリーダーのようにみせながら、周りの人に支持されたことを悪用し、私利私欲を追及する人が責任あるポストに就いてしまう例が、多々見受けられます。これは恥ずべきことです。私利私欲を追求するだけの人間がリーダーとなるのは恥ずかしいことだと思わなければなりません。リーダーを受け入れるきちんとした土壌を作るには、15歳までの教育、特に小学生までの教育が重要であると考えています。

――リーダーをきちんと受け入れる土壌作りには教育が必要だというお話ですが、現在の教育の問題とは。

それは「個性の発揮」を促す教育が不足していることだと思います。今言われている「ゆとり教育」、これなども生きる力を教えられる先生がいないから、うまくいっていない部分があります。本来社会の中で生き生きと活動し、社会を切り拓いていっている人たちこそ本当の「生きる力」を持っているのです。それを子供たちが学べれば、自分たちの能力の発揮の仕方がわかってくるはずです。

子供たちも親も読み書きそろばんだけが勉強と思っています。それはそれでベースとして必要ですが、人を説得する際には、その根底にある思いや魂がなければなりません。これを学べる学校が必要です。そこで責任感や思いやりといった、人間の土台を叩き込む教育を行うのです。しかし、それができる先生が少ないのではないかと思います。

学校を人間教育の場として位置づけ直し、「何が生きるうえで大切なのか」を考える場としなければならない。学校教育を先生だけに任せきりにするのではなく、実際に社会で活躍している人たちが学校へ行って「こうやって自分の能力を発揮すれば周りの人が喜ぶんだよ」ということを子供たちに伝える。スポーツができる、クラスをまとめるのがうまい、何でもいい、みんな自分の特技で周りの人に喜んでもらう経験が必要です。

それと同時に、何か一つのことを究めることの難しさを知ることが大切です。例えば「音楽を究めたい」となれば、立派な先生に教えてもらうために実はドイツ語やイタリア語を学ぶ必要がでてくるかもしれない。そうやって、自分の人生の目標をみつけることによって、勉強というのは楽しいことになっていく。勉強が自分のやりたいことの手助けになってくれる。

みんな個性があって、違いがあって良いのです。その良さをお互いが見つける、学校はそういう場にならないといけない。自分の力で皆に喜んでもらえると分かれば、それが一つでもあれば、誰だって嬉しいものです。今の学校教育ではそれを見つける場が少ないですね。全員「成績」という同じ物差しで計ってしまう。これでは足の引っ張り合いになってしまう。皆で違いを認め合うからこそ、尊敬もしあえるのです。人に喜んでもらえる喜びを知れば、リーダーを受け入れる土壌を作ることができます。

――RFLが行なっている教育へのアプローチとは。

一つは実際に自分たちで学校に行く、もう一つは周りの人が学校に行って子供たちと触れ合う機会を設けて環境を整えてやることを実践しています。学校内部の問題点をしっかり把握して、そうした問題点を具体的に解決する実践活動を行い、成功事例としてのRFLの実績を積み重ね、多くの人を巻き込んでいきたいと思っています。

教育に限らず、社会のあるべきシステムを作るための情報を発信していく、自分たちでも杉並区等で進めている活動の成功体験をアピールしていくことを考えています。地道に活動をして、一歩前に出ると、見える風景が変わる、そしてそこから得られた発想で情報発信していくと、また一歩先に行くことができるのです。常に舞台は変化する。だから実践活動で一歩前に出なければならないと思っています。

■現代日本は恵まれた環境にある

――そうやって、前に進みながら変わっていかなければならないのですね。

そうです。私はそういった意味で今の日本が本当に面白い時期に差しかかっているなという実感をもっています。江戸時代は各藩割拠の時代でした。ところが明治時代以来、先進国へのキャッチ・アップのために、国家のシステムは中央集権、教育は東大、一高、一中を頂点とする全国一律の序列の枠にはめられるようになりました。その結果、1980年代に欧米諸国にほぼ追いつきました。そこからは自分たちで新しいフロンティアを切り拓かなければならない時代に入ったのです。

金太郎飴のような人材ではそれはできません。江戸時代のように、目標設定の仕方や社会経済システムも競いながら、各地域が自立・分散でやることから新しい方向性が出てきやすくなる。個性をフルに発揮できますし、みんな違うからこそコラボレーションが生まれてくる。そうでなければ新しい発想は生まれてこない。今の日本はそうなっていないので、変わらなければならない。それが変わらないから「失われた10年」を経験し、そして今も変わらないまま来てしまっているのです。

この変化へのマグマが日本に溜まってきていますよ。こういう状況に置かれている先進国は日本以外にはない。多分、これから日本が変わればアジアの国々も変わっていく。日本は世界の中で最も面白い位置づけにあるのです。人間として生まれ、自分が実践活動をやりたいと思うのであれば、本当に恵まれた環境にある。10年前であればRFLの活動も奇異の目で見られたかもしれませんが、今は多くの人に応援してもらえる時代になりました。この時代の変化の波をまさに感じながら、私たちは活動しています。

――変革のマグマが溜まってきている、と。

それが私の生きている間に爆発するかどうかはわかりませんが、いつ爆発してもいいように、そして爆発したときに「あの時こうしておけば良かったのに」と後悔しないよう、日々準備をしていこうと思っています。

――それでは、最後にMPIに何かメッセージを。

基本的な問題意識は私たちと非常に近いと思っています。世の中に問題意識を持つ。そして、思っているだけではなく、皆さんで努力されていっている。自分たちで行動を起こしていく変革の時代が来たんだという認識に立って、その中でも率先して頑張っていこうとしているMPIのメンバーを頼もしく思っています。さらに言えば、現場で実践活動をするということにもっと貪欲にトライしていくと別の世界が見えてくるのではないかと思っています。是非、頑張ってください。

――ありがとうございました。

瀬口清之(せぐち・きよゆき)氏
日本銀行政策委員会室企画役として日銀と経済界とのパイプ役を担う傍ら、NPO法人RFLの理事長としても活躍。

NPO法人リフォーミスト・フェスティナ・レンテ(RFL)
政策提言や勉強会に留まらず、実践活動を重視し、地域コミュニティ活性化や教育改革など多彩な活動を展開するネットワーク型シンクタンク。「凛として優しい社会を創る」ことを目指す。

※この記事は2003年10月発行のMPI機関誌『New Beginning』第1号に掲載(肩書き等は当時)。

date: 2003.11.03

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